壱 父と娘

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 帝都では有名な話だった。  何故、ルクレツィアだけが帝都に住み、ディートリヒは北の領地に住んでいるのか。  何故、幼い娘を何年も帝都に一人残してディートリヒは帝都に足を運ばないのか。  その答えは、ルクレツィア・クラウベルクがノーマンであるが為に父親に見捨てられているから。 「またノーマンが騒いでるよ…」 「いくら可愛くったって、ノーマンであの性格は…俺なら無理だなぁ」 「偉大な魔術師の娘だからってノーマンと婚約させられている皇子殿下はお可哀想…」  少年少女が嘲笑し、その親達は顔を顰めている。  ルクレツィアの目からはついに涙がこぼれ落ち、頭を抱えて蹲るが誰も助けてはくれない。 (私だって、お父様の娘だ! クラウベルクだ!)  周りの嘲りに耐えるように固く目を瞑り、心の中で必死に言い聞かせた。 「さっさと帰れよ、ノーマン」  どこかから、そんな声がはっきりと聞こえて…ルクレツィアは目を開く。 (でも、私はノーマンなんだ…)  消えたくなるくらいに、心が痛い。好きで『魔力なし』に生まれてきたわけじゃないのに…と、悔しさが込み上がる。  ルクレツィアは荒々しく手で涙を拭うと、屋敷に帰ろうと勢いよく立ち上がった。 「…あ、」  すると、すぐ目の前に綺麗な少年が立っていた。ちょうどルクレツィアに手を伸ばし声を掛けようとしていたのか、行き先の失った手を気まずそうに引っ込めている。  その少年はルクレツィアの婚約者でもある、この国の皇子ユーリ・ティア・マルドゥセルだった。月のように煌めく銀髪が美しい、天使のような少年だ。 「…所用を思い出しましたので、私はここで失礼します」  ルクレツィアは俯いたまま、パーティーホストのユーリにカーテシーをすると、足早に出口へと向かう。 「ルクレツィア嬢!」  すると後ろからユーリが腕を掴んできた。 「……そこまで送るよ」  ユーリは気遣うような笑顔を浮かべてから、ルクレツィアをエスコートするための手を差し伸べてくる。ルクレツィアは少し考えてから「…お願いします」と、ユーリの手を掴んだのだった。 「ルクレツィア嬢、これからはもう少し…落ち着いて話す努力をしてみよう?」  馬車までの道のりで、ユーリがルクレツィアに言った。 「…私だけが悪いのですか?」  ルクレツィアは再び目にジワリと涙を浮かべながら、震える声でユーリに尋ねる。 「あの令嬢は、私を貶めようとわざわざあのような事を言ってきたのですよ…?」  ルクレツィアははっきりと覚えている。あの伯爵令嬢は始め、悪意ある笑みを浮かべて自分に父親のことを指摘してきたのだ。 「殿下も私がノーマンだからと…だから私が我慢するべきだと仰っているのですか?」 「…そうじゃないよ、ルクレツィア嬢」  興奮するルクレツィアにユーリは疲れたように息を吐く。 「ただ僕は…もう少し君が周りの者たちと馴染んで欲しいと思っているだけなんだ」
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