壱 父と娘

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 ユーリは心優しい少年だ。この国の皇子としての教養もあり美しさも兼ね備えている。きっと将来、国民達を正しく導いてくれる皇帝となるのだろう。けれど…。 (ユーリ殿下は、原因はいつも私にあると考えている)  ルクレツィアにとって、聖君だろうがなんだろうがそんなことはどうでもいいことなのだ。彼にノーマンだと嘲られた事はないが、庇ってもらったこともない。  ユーリが手を差し伸べてくれるのは、いつだってルクレツィアが傷付いた後だ。自分が笑われている間、ユーリはただの傍観者となる。  優しいけれど、優しくない。それがルクレツィアにとってのユーリだった。 「…この辺りで結構です」 「……うん、そっか」  ルクレツィアが手を離すと、ユーリは少し安堵した様子だった。 「屋敷まで送ってあげられなくてごめんね。僕がパーティーホストだから、抜けることは出来なくて…」 「いえ。ここまでエスコートして頂きありがとうございました」  ルクレツィアは丁寧にお辞儀をしてユーリと別れる。そして、暫くして到着した馬車に乗り込み、自分の屋敷に帰っていった。 (…今頃、皆はパーティーで楽しく過ごしているのかな)  ルクレツィアは、自分の泣きべそな目に苛立ちながら涙を拭ったのだった。  屋敷に到着したルクレツィアの姿を見た門番は、挨拶することなく静かに扉を開いた。  ルクレツィアはそのまま敷地内へと入り、そして屋敷の扉を開く。玄関ホールでは使用人達が動き回るいつもの光景だった。  皆、ルクレツィアにチラリと視線を送るが話しかける者はいない。使用人にさえ馬鹿にされ見下されているのだ。それがルクレツィアの当たり前だった。  最低限の衣食住は提供してくれるから、ルクレツィアも何も言わずに使用人達の無礼を傍観している。  ルクレツィアは真っ直ぐ二階にある自室へと向かい、到着すると勢いよく扉をしめて、大きく深呼吸をした。  自室の中だけが、ルクレツィアが唯一ちゃんと呼吸出来る場所だった。本当は部屋に引きこもっていたいけれど…ただでさえノーマンなのに、そんな事をしてクラウベルクの名に泥を塗ったら本当に捨てられるかもしれない。  ルクレツィアはトボトボと歩き大きなベッドの脇に立つと、ぽすっとダイブするように体をベッドへ預けた。その時——。  ——ガサ、と窓の外で木の葉が揺れる音がした。 「……?」  ルクレツィアは疲れた顔をベッドから上げて、音の正体が気になりベランダへと出る。下を覗き込んでみたが、誰もいなかった。 「…気のせい…?」  と、ルクレツィアが呟くと…ポタ、と上から何やら赤い液体が滴り、ちょうどルクレツィアの鼻先にその液体が落ちてきたのだ。 「!?」  驚いて上を見上げるルクレツィア。  そこには、手負いした様子の小さな黒い竜が木の枝に引っかかっていたのだった。
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