肆 帰還列車の旅

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肆 帰還列車の旅

「うわぁ〜!!」 「ルクレツィア、窓を閉めてきちんと席に座りなさい。危ないぞ」  ルクレツィアは人生初の列車に感嘆の声を上げて、窓辺から身を乗り出すように駅のホームを見渡していた。  ここ最近で線路が帝国を横断するように開通し貨物列車だけでなく旅客列車としても運用され始めた魔導列車は、乗車賃が高額な為まだまだ貴族御用達だが、将来的に平民達にも普及させようと現在改良を進めている。  もう数年すれば、この駅のホームにも貴族だけでなく旅行カバンを手に列車に乗り込む平民達の姿が見られることだろう。  ディートリヒが治める北の領地の首都『イスラーク』に彼の城がある。流石に魔導列車では帝都からイスラークまで直通で向かえないが、近くの都まで列車で向かいその後は馬車に乗り換えて帰郷する予定らしい。  ルクレツィアは興奮を抑えながらも「はぁい」と返事をして、ディートリヒに言われた通りに窓を閉めた。 「おい、ルーシー! 見ろよ、こっちの部屋には大きなベッドがあるぞ! お前の部屋のベッドよりもかなり大きい!」  ここにも初列車で興奮を抑えられない竜が、まるで豪華なスイートルームばりの個室部屋をちょろちょろと動き回っては声を弾ませていた。  列車の中とは思えないほど快適に過ごせる個室部屋で、別途に寝室もついている。お値段は…貴族であっても中々手が出せないほどのもの。  正直、ディートリヒ一人であれば馬一匹あれば十分イスラークへ帰郷出来るのだが、今回はルクレツィアがいる。  帝都からイスラークの道のりは馬車で休みなく走らせても一週間以上は要することから…娘に負担をかけさせたくないディートリヒはこの度、旅客魔導列車の中で一番高い部屋をチェックインしたのだった。 「ヴィレン、はしゃぐな。もうすぐ発車の時間だからお前もこっちに来て座りなさい」  ディートリヒが目を鋭くさせて淡々と言うと、ヴィレンは「えー」と不満げな声をもらしながらも、素直にルクレツィアの隣に腰を下ろしていた。 「菓子もあるから、二人とも食べていなさい。足りなければ追加してもいい」  ディートリヒの言葉に、ルクレツィアとヴィレンは用意されていたチョコレートやクッキー、それにキャンディーやらに目を輝かせて、何から食べるかの相談をし始める。 「まったく…あまり浮かれるなよ」  ディートリヒは呆れたように息を小さく吐いて、読んでいた手元の新聞に再び視線を下ろす。  実は汽車の個室部屋を取る時、寝室が二部屋に分かれているものもあった。しかし、ディートリヒはあえて寝室が一つしかない個室部屋を選んでいた。  それは何故か…。 (…俺は今日、ルクレツィアと添い寝をする…!)  人生初の娘との川の字の夜に、内心、誰よりも浮かれてワクワクしているディートリヒだった。  車窓の旅は始めこそ楽しかったルクレツィアとヴィレンだったが、数時間も経てば同じような景色に飽きてくる。 「なぁ、ルーシー。列車の中を探検しないか?」 「…したい」  ヴィレンの誘いにルクレツィアは、期待のこもった目でディートリヒを見る。  ディートリヒにも、子ども達が退屈で仕方がないのだと分かっていた。 「……他にも乗客はいる。迷惑をかけないように」 「はぁい」 「特にヴィレン!」 「…はぁい」  自覚があるらしいヴィレンはディートリヒから目を逸らしながら返事をすると、ルクレツィアの手を引いて部屋から飛び出して行ってしまった。 (…この列車の中に、俺やヴィレンよりも魔力量のある乗客や駅員はいないようだ。ヴィレンがいればルクレツィアも安全だろう)  ディートリヒはそう思いながら、暇つぶし用に持参した書物を手に取る。  それは『親と子 第三巻〜子どもの気持ち〜』というタイトルの育児について書かれてある書物だった。全十五巻である。 (俺はもう、娘に寄り添えない親になりたくはないからな。しっかりと勉強しておかないと)  元々、研究者気質のディートリヒらしい学び方だった。  各々が思い思いに、列車の旅を過ごす——。
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