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ルクレツィアとヴィレンは手を繋いだまま、列車の中を歩いていた。
旅客魔導列車は二階建てとなっており、二階が基本的に移動用通路だ。一階は客室の他にもカードゲームなどを楽しめるプレイルームやシガールーム、それにバーなど主に男性専用だが娯楽も充実した区域になっている。
客室は直接外から出入り出来るよう、各部屋に扉が備わっているのだが、娯楽ルームには移動用通路を使ってではないと辿り着けないのだ。
「ヴィレン、この先は展望室だって」
どうやら列車の二階端まで来たらしい。ルクレツィアが目の前にある扉を指差してヴィレンを振り返った。
「景色なら飽きるほど見ただろ…」
少し面倒そうな顔をするヴィレンだったが、ヴァイスローズ家での一件で心底反省していた彼は考えを改める。
「…行ってみるか!」
「うん!」
ルクレツィアはパァッと明るい顔をして、嬉しそうに笑った。それを見たヴィレンは、少し照れたように頬を赤らめていたのだった。
展望室には他に誰も居らず、ルクレツィア達の貸切状態だった。
「上から見ると、また景色が全然違うね」
「…本当だな」
ルクレツィアがニコニコと笑って言うと、ヴィレンは目を大きくさせながら答えた。
一階の車窓からは覆い尽くす木林に、たまに木と木の隙間からチラリと見えるどこかの街並みだったが、二階から見える景色は全く違っていた。
木林の先にまた広がる景色。雄大な大自然と、そして煌々に輝く太陽。
窓に遠視魔法がかけられているのか、目を凝らして見ると、森の中の湖が小さく見えてその周りに集まる野うさぎ達の姿を見ることが出来た。
(一人じゃ絶対に来なかった…ルーシーと一緒だったから見ることの出来た景色だ)
そう思うと、たとえ気が進まないこともやってみると楽しいと思えることがいっぱいあるのかもしれないと考えを改めるヴィレン。
「ねぇ、ヴィレンの国はどの方角にあるの?」
ルクレツィアは窓の景色に目を奪われながらヴィレンに尋ねた。
「そうねぇ、あっちの方角かしら?」
「へぇ、あっちの方って言うと、東部の……えっ?」
明らかにヴィレンのものではない、女性の声にルクレツィアは驚いて振り向いた。
するとそこには見知らぬ、絶世とも呼べる綺麗な女性の顔がすぐ横にあって…女性は、腰を屈めてルクレツィアの隣で一緒になって窓の景色を眺めていたのだ。
(え…え…!? 他に乗客っていた…?)
驚きと戸惑いで混乱するルクレツィアの視界に、女性の足元に転がるヴィレンの姿が入る。
いつの日かディートリヒに緊縛魔法をかけられた時みたいに、焦った表情のヴィレンは手足と口を縛られて芋虫のように床で身体を捩っていた。
「だっ、誰ですか!? ヴィレンを、は離してください…!」
サァー、と青褪めるルクレツィアは恐怖に泣きそうになるが、ヴィレンを助け出したい気持ちから女性をキッと睨み付けて立ち向かう。
「あららぁ、涙目になって可愛い子ね」
女性はニコッと明るく笑って、ヴィレンの襟首を片手で掴むと軽々と持ち上げていた。
「ヴィ、ヴィレン…!」
ルクレツィアがヴィレンを助け出そうと飛び掛かるが、女性は一歩横にズレてヒョイと避けた。
勢い余ったルクレツィアがそのまま床に転がる。するとぶら下がっているヴィレンが女性に怒った表情を向けて暴れ出した。
「——ルクレツィア!」
突然ディートリヒが展望室の扉を勢いよく開き現れた。彼の視界に床に伏せる娘の姿が入り、室内の温度が下がっていく。
ディートリヒはルクレツィアの元へ駆け寄り抱き上げると、娘を女性から守るように強く抱き締めた。
「…あら。人間にも素晴らしい魔術師はいるのね」
ディートリヒに睨まれた女性は、全く臆する素振りも見せずに感心した様子で言う。
「…お前は、何者だ?」
ディートリヒはとても警戒していた。部屋で育児書を読んでいると、突然列車内にあり得ないほどに大きな魔力を有する者が現れたからだ。
ルクレツィアの身に危険が迫っているかもしれないと思い、ディートリヒは部屋を飛び出してここまでやって来たのだ。
「私はヴァレリア・イルディヴィート」
ヴァレリアと名乗った女性。おそらく、ディートリヒと同等の力を持つ魔術師だ。
「この小さくて可愛いヴィレンの母親よ」
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