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「………母親だと?」
ディートリヒは目を見開いてヴァレリアを見た。ヴィレンの母親…と、すれば彼女も竜なわけで…。
「おい、ババァ! 離せ!」
やっと口元の緊縛魔法を解除出来たらしいヴィレンがブラブラと揺れながらヴァレリアに向かって吠えた。
「ったく、あんたは…その口の悪さは一体誰に似たのかしら!?」
「生憎、母親似だ!」
いがみ合うヴィレンとヴァレリア。すると今度は手元の緊縛魔法を解除したヴィレンは、ヴァレリアの手を払い除けて床に尻もちをつく。
そのまま次は足の魔法も解除して駆け出すと、ディートリヒの背に隠れるように逃げ込んだ。
「あらあら…随分とその魔術師に懐いてるのね?」
ヴァレリアは意外そうな表情でヴィレンを見つめていた。
(…ヴィレンの、お母様…?)
ルクレツィアはディートリヒの腕の中でヴァレリアを見ていた。
(もしかして…ヴィレンを連れ戻しに来たの…?)
そう思うと、とても悲しくなる。ヴィレンとの日々が楽しくて、大切で、ルクレツィアは手放したくないと思った。
「…ヴィレンを…連れ戻しに来たんですか…?」
でも、自分の我儘で親と子を引き離す訳にはいかないから…ルクレツィアは苦しく思いながらもヴァレリアに尋ねてみる。
「そうねぇ…場合によっては」
ヴァレリアが明るい笑顔を浮かべながら答えた。
「基本的に我が家は放任主義なんだけど…。ヴィレン、少し前に大きな魔力を使ったでしょう?」
きっと、ヴァイスローズ家での一件のことだ。
「さすがに息子の身に危機が迫ったんじゃないかって思ったら心配で、母親として放ってはおけなくて…確認しに遥々ここまで来たのよ」
ローズ・ガーデンパーティーでヴィレンが暴走した時の魔力を察知してヴァレリアはここまでやって来たという。彼女はルクレツィアから、ヴィレンへと視線を動かした。
「お父さんも、ごめんねって反省してたよ? だから、あんたも意地を張らずに家出なんて止めて、もう帰ってきなさい」
ヴァレリアの宥めるような声。それに対してヴィレンは「いやだ!」と叫んだ。
「確かに最初は家出だったけど、今はもうそうじゃねーぞ!」
「…どういうこと?」
ヴァレリアの深緑色の目がギラリと鋭くなる。
「少し前から気にはなっていたけど…ヴィレン、その目はどうしたの?」
そう尋ねるヴァレリアだが、ヴィレンからの返答は特に求めていないのかすぐにルクレツィアを見つめては続けた。
「そこのお嬢ちゃんの魔力を取り込んだのね…」
そしてルクレツィアとディートリヒに近付きながら、手を伸ばしてくるヴァレリア。
ディートリヒの目が細められ、彼女の伸ばした手が勢いよく氷漬けとなる。
「…それ以上は近付くな」
「あ、ごめんなさいね。別に危害を加えるつもりは無かったのよ!」
ディートリヒの殺気に、ヴァレリアはハッとした顔をして慌てながら笑顔を浮かべて言った。
「何となく…お嬢ちゃんが変わった体質の持ち主のようだったから、興味が湧いちゃって…」
と、口元では笑顔を浮かべているが目は笑っていない。ヴィレンと同じ縦長の瞳孔がジィッとルクレツィアを観察するように見つめていて、ディートリヒはますますヴァレリアを警戒した。
その時、ずっとディートリヒの後ろに隠れていたヴィレンが彼らの前に飛び出しては、まるでルクレツィアを守るように背にして両手を広げる。
「ルーシーに怪我させたら、いくら母さんでも許さねーからな!」
そんな健気で勇敢な姿を見せる息子に、ヴァレリアは「あらまぁ」と呟いて嬉しそうに笑った。
「その魔術師の男に懐いている訳ではなかったのね」
(ヴィレンはあのお嬢ちゃんを…)
ヴァレリアの瞳が愉快そうに細められていく。
他人の魔力を取り込める竜はその特性を活かして、相手の色の一部を自分にも取り込むことが出来る。
それは純粋な独占欲の現れであり、竜にとってその行為は…。
(『俺の女に手を出すな』ってこと?)
そういった意味を為すのだ。
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