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竜は高潔でありながらも強欲だ。古来から金銀財宝に目がない一族で、自分の『宝石』を守るためなら何だってする暴虐者となるし守護者ともなる。
(なるほど。このお嬢ちゃんが息子の『宝石』ってわけね)
その独占欲が、恋情からなのか友情からなのかは…まだ本人も分かっていないようだけれど。
ヴァレリアは目にも止まらない速さでヴィレンを思いきり抱き締めると、彼の小さな頭に無理やり頬擦りしながら言った。
「んもう、まだ子供のくせに生意気なんだから! お父さんに似て、馬鹿みたいに素直で単純で…ほんっとうに果てしなく愛らしい子だわぁ!」
「は、離せぇ!」
ヴァレリアの豊満な胸にギュムギュムと顔を埋めながらもヴィレンは大暴れしていた。それを押さえ込む彼女の二つの細腕はびくともしないのだ。
竜の熱烈で激しい抱擁に、ルクレツィアとディートリヒは少し顔を青くしながら言葉を失っていた…。
「——まぁ、そういうことなら私も安心して帰れるわ」
青褪めた顔で力尽きているヴィレンをやっと解放したヴァレリアがそう言いながら立ち上がる。そして居住まいを正すとディートリヒを見た。
「この子をよろしくお願いね、人間の魔術師さん。母としてお願いするわ」
「…こちらも、俺の娘の特殊な体質もありヴィレンには助けられている。これからも娘の側にいて貰えるならば有り難い」
ヴァレリアを警戒する対象ではないと判断したディートリヒは、小さく息を吐いてルクレツィアを床に下ろしながら答えた。
ルクレツィアの足が床につくと、彼女は一目散にヴィレンの元へ走る。
「ヴィレン、大丈夫?」
ヴァレリアの足元で放心状態に座り込んでいるヴィレンの肩を揺らしながら声を掛ける。するとヴィレンはハッとした顔をしてルクレツィアを見ると「最悪だ…」と僅かに涙目になりながら呟いていた。
ヴィレンがこの世で一番恐ろしいものは母親…このヴァレリアだ。何故ならいつも、問答無用でこのようにハグやらキスをしてくるから。こちらがどんなに嫌がっても、力尽くで実行してくるのだ。
まだ力も魔法もヴァレリアに敵わないヴィレンは懸命に抗うのだが、いつも無駄に終わる。それは彼にとって、屈辱以外の何ものでもない。
「俺…もう、小さな子どもじゃないのに…」
母親にベタベタされてヴィレンは嫌で仕方なかった。その上、そんな姿をルクレツィアに見られてしまい…思春期気味の彼は恥ずかしくて堪らない。
「何言ってんの。子供はね、親から見ればいつまで経っても小さな子どもと変わらないの!」
自信満々な顔で言うヴァレリアの言葉に、ヴィレンは「うぅぅ…」と小さく呻き声を上げながらますます俯いた。
「……その考えは俺も同意するが…ただ、ヴィレンは子供である前に男なのだから、母親といえど異性との過度な触れ合いに抵抗があるのだろう。少し気持ちを汲んでやってはどうか…?」
育児書を読み日々勉強しているディートリヒは、ヴィレンがあまりにも可哀想になり見ていられず、そして彼の心の傷になるのでは…と、心配してヴァレリアに意見してみた。
「……………」
ヴァレリアはディートリヒの言葉に目をぱちくりとさせたまま暫し固まり、そして「確かに。私も昔は父親から頭を撫でられた時、その父の手を折ってしまうくらいには嫌がっていたわね…」と、自身の経験に基づいて納得していた。
「分かったわ、ヴィレン。あんたが嫌がることはもうしない…だから、最後にもう一度だけハグさせて? ついでに頬っぺたにキスもさせて欲しいわ」
にこやかな笑顔で両手を広げるヴァレリアにヴィレンは睨み付けながら言った。
「…調子に乗るな、クソババァ」
ヴィレンはヴァレリアの腕の中で、再び『強制抱擁』という名の地獄を見たのだった。
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