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止めとけばいいのに、反抗的に悪態をついて再び『母の愛』を味わったヴィレン。
その後、満足したヴァレリアに解放された、精神が死にかけのヴィレンにルクレツィアが心配そうな目を向けながら励ましの言葉を掛けていると…。
「お嬢ちゃん、貴女のお名前は?」
ヴァレリアに話しかけられたルクレツィア。
「…ルクレツィア・クラウベルクです…」
少し緊張しながら答えると、ヴァレリアはニコリと笑ってルクレツィアの頭を優しく撫でてきた。
「本当に可愛い子ね。ヴィレンったら、隅に置けないわ…」
そう言いながら明るい笑顔のヴァレリアだったが、彼女の深緑色の瞳がまるで獲物を狙うかのように鋭く細められて侮れない笑顔を浮かべる。
「ルクレツィア。ひとつ、忠告があるわ」
ルクレツィアの頭に優しく置かれていた手が、紫に輝く黒髪を撫でるように下へと流れていき、そして、ヴァレリアの細くて長い人差し指がルクレツィアの顎をクイと持ち上げた。
「貴女はこれから、覚悟した方がいいわよ」
顔を覗き込まれるようにヴァレリアに見下ろされたルクレツィアは「え…」と、戸惑いの声をあげる。
「竜はね、この世で一番強欲な生き物なの。欲しいものは必ず、徹底的に全てを手に入れる」
彼女のこの言葉に、ルクレツィアよりもディートリヒが表情を歪めていた。
「このヴィレンも可愛い形して、正真正銘の竜。ルクレツィア、気をしっかり持たないとね。もし、絆されてしまったら…貴女の残り全ての人生をヴィレンに奪われることになるわよ…?」
そう言ったヴァレリアの縦長な瞳孔がグググ、と大きく開いたのを見てルクレツィアは少し怯えてしまった。
「私の言葉を肝に命じておいてね、ヴィレンの『宝石』さん」
「奪うとか、人聞き悪い言い方をするな」
最後に締め括るヴァレリアだったが、そのすぐ隣にいたヴィレンが、ルクレツィアを助け出すように彼女の肩を抱いてヴァレリアから引き離す。その顔は不満げだ。
「俺はルーシーの友達だ。友達が嫌がるようなことはしない!」
「あらまぁ…ふふふ。ヴィレンも苦労するわね…」
ヴァレリアはクスクスと笑い居住まいを正しながら思う。
(ヴィレンも欲しいものがあるから、家にも帰らず今ルクレツィアの隣で機を窺っているのでしょう? 無害そうなふりしちゃって)
しかし、ここは母親として息子の為にこれ以上は言及しないでおくことにした。
「あの…」
そんな中、ルクレツィアがヴァレリアに話しかける。
「竜って、そんなに強欲なんですか?」
ルクレツィアの知るヴィレンは、デザートには拘りがあるらしく少し口煩いけれど、それ以外の宝石や服、食それにお金に対しての執着は人並みのように思う。
(ヴィレンに『強欲』って言葉は似合わない気がする…)
今までのヴィレンの行動を思い出しながらルクレツィアはヴァレリアの返事を待っていた。
「そうよ、自分が欲しいものに対してはね。ただその竜によって欲するものが違うだけで…」
ヴァレリアはそこで言葉を切って、少し考える素振りをみせる。
「ほら、大昔に『魔王』っていたでしょ? 彼は私たちと同じ竜なのだけれど…彼の欲するものが『世界』だったからこの世を征服しようとして、結局は人間に討たれたのよ」
自分の欲のために世界すら自分のものにしようとするなんて、世界一強欲な生き物よね。と、ニコッと笑うヴァレリア。
「せ、世界…」
ルクレツィアが圧倒されていると、ヴァレリアは話を続けた。
「そしてヴィレンはその魔王の血が流れる直系の血族…だから、ルクレツィアは今からでもしっかり心構えを…」
彼女がそこまで言ってから、ディートリヒが「待て」と話を途中で折る。
「魔王の直系だと?」
「えぇ。私の夫は最後の魔王の子孫よ。魔王国の国王をしているわ」
ヴァレリアの言葉に、ルクレツィアとディートリヒが勢いよくヴィレンを見た。
「…あら。ヴィレンったら、自分のことを何も話していなかったの?」
(つまり、ヴィレンは魔王国の王子ということ…?)
なんと、ここにきてついにヴィレンの正体が明かされた。
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