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「ヴィレン、王子様だったの!?」
「お、おう…」
驚いて声を上げるルクレツィアに、何故か照れ臭そうにしているヴィレン。
「姉ちゃんと兄ちゃんがいて、俺は末っ子だけど…」
「へぇ! 兄弟もいるんだ」
ヴィレンの新しい話が聞けて嬉しいルクレツィアは、目を輝かせている。
「改めて名乗ると、俺はヴィレン・イルディヴィート。魔王国国王アレンディオの息子で第二王子だ」
「アレンディオ…だと?」
またもやディートリヒが反応していた。
「竜のアレンディオと言えば…150年ほど前に現れたとされる『災厄の竜』のことじゃないか?」
遠い国の文献で読んだことがある。と、続くディートリヒの言葉にルクレツィアはヴィレンの父親は恐ろしい竜なのだろうかと不安になった。
災厄の竜…禍々しいほどの黒い竜鱗に身を包み、その口から吐く炎は黒く全てを焼き尽くすため『煉獄の炎』と言われている。一度だけ姿を現して以来、災厄の竜の姿を見た者は誰も居ないと言われているが…。
「話半分で読んでいたが、まさか実在するとはな」
さすがのディートリヒも驚いているようで、目を丸くしながら言った。
(ヴィレンの話を聞いた限りでは、怖そうな人とは思わなかったけど…)
ルクレツィアの中では、ヴィレンの父親は悪戯っ子でお茶目な人のイメージがあった。ヴィレンの家出理由も、父親が恋文を揶揄ったことが原因なくらいだし…と。
「150年前? もしかして、あの時の事かしら?」
ヴァレリアに思い当たる出来事があるようで、思案顔に話を続ける。
「きっとそれ、アレンディオが他の竜と私を取り合った時の喧嘩の事だわ!」
そして、照れ臭そうに頬を赤らめるヴァレリア。
「当時、まだ私が160代の時だから…どうしても私と結婚したかったアレンディオが私にアプローチをかける竜をぶちのめしてプロポーズしてきた時の話よ」
「160代…」
「ぶちのめす…」
ヴァレリアの、人間にとっては規格外な話を聞いて、ディートリヒとルクレツィアが呆然とした様子で彼女の言葉を呟くように復唱していた。
竜ともなれば女性を取り合うだけで、人間界では『災厄』になるんだな…と、恐ろしい気持ちになるルクレツィアだが、ふと気になりヴィレンに尋ねた。
「ヴィレンは今何才なの?」
「俺は今10才だぜ!」
「ヴィレンはつい先日に生まれたばかりの息子なのよー。歳をとって出来た子だから、可愛くって仕方ないの!」
ヴィレンとヴァレリアの返答にルクレツィアはホッと安心した。
(良かった。実はお父様より年上だと言われたらどうしようかと思った…)
それはディートリヒも多少思っていたようで、ヴィレンの年齢を知り安堵している様子だった。
「そろそろ私も帰らなくちゃ。アレンディオが騒ぎ出しちゃうわ」
ヴァレリアがそう言うので、ルクレツィア達は彼女を見送ることにした。
(そう言えば、どうやってこの列車に入ってきたんだろう…)
通路の先を先頭で進んでいくヴァレリアの後に続きながら、ルクレツィアは不思議に思う。
「ここでいいわ。お見送りありがとう」
二階から一階に降りたヴァレリアが足を止めた先には、展望デッキがあった。
「じゃあね。ヴィレン、怪我なんてせずいい子に過ごすのよ」
「分かってるよ」
頭を撫でてくるヴァレリアの手を、ヴィレンは気恥ずかしそうな顔で払いながら答える。ヴァレリアはクスクスと笑ってから、ルクレツィアとディートリヒに目を向けた。
「ルクレツィア、そして…」
「…ディートリヒだ」
「ディートリヒ。貴方達もまた会いましょ」
ヴァレリアはニコリと笑い手を振りながら展望デッキの外へと出て行く。
そして跳躍したかと思うと、そのまま深緑色の綺麗な竜の姿になって空の彼方へと飛んで行ったのだった。
「ヴィレンのお母様の姿…誰かに見られてないかな?」
竜がいたなんて知れ渡ったら、車内はパニックになりそうだと心配したルクレツィアがディートリヒに尋ねる。
「大丈夫だ。一応、俺が彼女に不可視の魔法をかけておいたから」
ルクレツィアの頭を撫でながら微笑むディートリヒが答えた。
「しかし…嵐のような人だったな…」
そう言って小さな息を吐くディートリヒは少し、ヴァレリアが苦手らしい。その隣では、疲れたとヴィレンもため息をついていた。
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