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王座の間でヴァレリアが竜の姿から人の姿になり着地すると、彼女の帰りを待っていた一人の男が奥の方から声を掛けてきた。
「…ヴィレンは?」
「帰らないって」
ここはヴァレリアの住む城。竜の城だからか人の城と比べるとかなり大きな規模で建てられている。
「まさか、まだ俺に怒ってるのか?」
呆れたように息を吐きながら姿を現したのは、ヴィレンをそのまま成長させたような風貌の黒髪の男だ。違うのは、その瞳はヴァレリアと同じ深緑だということ。
「アレンディオ」
ヴァレリアが彼の名を呼ぶと、アレンディオは愛おしそうに彼女を見つめてそしてキスをする。
「おかえり、ヴァレリア」
「ただいま」
唇を離して見つめ合いながら微笑む二人。アレンディオとヴァレリアは魔王国でも有名なおしどり夫婦だ。
「それで、ヴィレンの事だが…?」
「うーん…貴方に怒っているというよりは…」
ヴァレリアは自分が知り得た事を夫にどう話そうかと考えながら口を開く。
「あの子の『宝石』を見つけちゃったみたい」
「なるほど。それですぐに帰れないということは、どこかの国の国宝か何かなのかな」
言葉通りの意味に捉えてヴィレンの『宝石』が何か予想するアレンディオにヴァレリアはクスクスと楽しそうに笑った。
「…なんだよ」
ヴァレリアに笑われて、気恥ずかしいのかアレンディオがムスっと拗ねた顔をする。
「ふふ、残念。『宝石』の正体は人間よ」
「人間だって?」
アレンディオは驚いて声を上げる。彼は自分の息子が帰ってこない理由がますます分からなくなる。
「人間なら、攫ってくればいいじゃないか?」
国を相手にするより簡単だろう。と、首を傾げるアレンディオにヴァレリアは「それが、そうはさせてくれない素晴らしい魔術師が彼女の側にいるのよ」と楽しそうに笑いながら答えた。
「彼女…人間の女なのか?」
「そうよ。とっても可愛くて、不思議な子…」
ヴァレリアの深緑の瞳が天井を仰ぎ、そしてギラギラと輝いている。
「ルクレツィアのあの体質…彼女はきっと、異世界人と関係がある子だわ」
ヴァレリアの言葉にアレンディオがピクリと眉を動かした。
「彼女の父は何も言わなかったけれど、間違いない。魔力の質とか、古い文献で読んだ異世界人の特徴とよく似ているの!」
竜は人と違い寿命が長い…故に、人間の中で廃れてしまった古代の文明も竜の中では今だにしっかりと受け継がれてきているのだ。
「私もあの子が欲しくなっちゃうわ! どうしましょう!」
「…ヴィレンと殺し合う気か?」
強欲な顔で笑う妻にアレンディオは呆れた顔で言う。妻と息子が殺し合う姿なんて見たくない、と。
「それにしても、異世界人か…懐かしい響きだな」
アレンディオもニヤリと笑いながら部屋の奥へと歩いていき、そして王座へと座る。
かつて、アレンディオの祖先である『魔王』を討伐した人間。それは異世界人だった。この世界の人間と異世界人は同じようで別の種族なのだと、彼らは知っているのだろうか?
「人間は異世界人のことをどこまで理解しているのやら…」
「うふふ。だから私も、ディートリヒに…あ、ルクレツィアの父親ね。彼に何も教えてあげなかったの!」
王座に座るアレンディオへ甘えるようにもたれかかるヴァレリア。そんな彼女の髪を撫でながら、アレンディオはますます笑みを深めていた。
「母上、おかえり」
「お父様、何やら楽しそうですね」
すると、上から二匹の大きな竜が舞い降りてきて夫婦に声を掛ける。
「あら。私達の可愛い子ども達」
ヴァレリアは二匹の竜に気付くと、両手を伸ばす。竜の長い首が傅くようにゆっくり降りていき、ヴァレリアの手のひらに敬愛を込めてキスをした。
「アレンディオ。私達はゆっくりと、気長に待ちながらヴィレンを見守ってあげましょうね」
ヴァレリアの言葉にアレンディオは何も答えない。ただ、彼は静かに笑うだけ。
それはかつての『魔王』のように邪悪で、傲慢で、それでいて強欲な笑顔だった。
—肆の隙間話・終—
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