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伍 イスラーク城と氷の扉
北の領地の商業都市『リトア』に到着したルクレツィア達は一日ぶりに地面に降り立った。
「わ、帝都より涼しい」
列車から降りたルクレツィアは、まだ季節は初夏だというのに少し肌寒いくらいの気温に驚き呟く。
「ルクレツィア。肌寒ければ、このブランケットを羽織っていなさい」
ディートリヒがここぞとばかりに旅行前からしっかり準備していた自身の旅行カバンから、薄ピンク色の大きなリボン飾りが付いた可愛らしいブランケットを取り出してルクレツィアに手渡す。
実はルクレツィアの為に、ジェイのいる店でディートリヒ自らが選び購入したものだ。デザインももちろんだが、特に肌触りに拘って選び抜いた逸品。
「ありがとうございます、お父様」
ルクレツィアは嬉しそうに笑ってそのブランケットを受け取ると、さっそく広げては肩からかけていた。
そんな娘の姿を優しい瞳で見つめていたディートリヒは少し照れた面持ちでコホンと咳払いをしてから言う。
「ルクレツィア…その、なんだ。これからもたまに、お前が望むなら父と一緒に寝よう、か?」
昨晩はディートリヒの願いが叶って、ルクレツィアとの添い寝が実現した。娘のあどけない寝顔に何度癒されたことか…。
ルクレツィアだけでなくヴィレンと三人で同じベッドで寝たのだが、ヴィレンの寝相の悪さにディートリヒは子ども達二人に何度も毛布を掛け直してやった。しかし、そんな瞬間も幸せだと感じていたのだった。
「…本当ですか?」
ディートリヒの言葉にルクレツィアは目を輝かせる。
「小さい子みたいで恥ずかしいですが…またお父様と一緒に寝たいです」
恥ずかしそうに目を伏せて笑うルクレツィア。そんな彼女の隣では「その時は俺も一緒だからな!」と、ヴィレンが元気よく言った。
三人が列車から降り、駅から外に出るとクラウベルク家の家紋が入った大きな黒い馬車が一台停まっていた。
「クラウベルク公爵閣下、お迎えに上がりました」
その馬車の前では白髪混じりの髪を綺麗に整えた中年の一人の執事が立っている。
「ご苦労」
ディートリヒはその男に声を掛けてから、彼にルクレツィアとヴィレンの事を紹介した。
「ルクレツィアお嬢様…大きく、そしてとてもお美しくなられましたね」
執事は感慨深い様子でルクレツィアを見つめて、そして名乗る。
「私、ディートリヒ様にお仕えしております。イスラーク城の家令、レイモンド・ラモンと申します」
レイモンドはルクレツィアとヴィレンに向けて、とても綺麗な臣下の礼をとった。
「私はルクレツィアよ。こっちは…」
「俺はヴィレンだ」
ディートリヒが既に自分たちの事を紹介してくれたが、自ら名乗る事が年上の者への礼儀かなと思い、ルクレツィアは改めて名乗る。
「どうぞよろしくお願い致します。お生まれになられたばかりの頃のルクレツィアお嬢様は、ディートリヒ様と似ていらっしゃると思っておりましたが…どうやらカレン様に似ていらっしゃったのですね。城の者もきっと喜ぶでしょう」
レイモンドが優しくニコリと笑うと、その隣でディートリヒは顔を顰めていた。
「聞き捨てならないな、レイモンド。確かにルクレツィアはカレンに似て美人だが…俺にもよく似ているだろう? 髪の色や口の形とか…」
と、少しムキになる主人に、レイモンドは「そうでございますね」と笑みを崩さずに相槌を打つ。
その笑顔から、ディートリヒに対して微笑ましく思うレイモンドの感情が読み取れる。
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