伍 イスラーク城と氷の扉

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「立ち話も何ですので、馬車にお入りください」  レイモンドに促されたディートリヒは、ハッとしてルクレツィアに目を向ける。 「確かにそうだな。ルクレツィア、こちらに…」  ディートリヒが言い切る前に、ヴィレンが我先にと馬車に乗り込むとルクレツィアへ手を差し伸べていた。 「ルーシー、早く来いよ!」 「うん!」  ルクレツィアは笑顔でヴィレンの手を掴むと、そのままエスコートを受ける形で二人仲良く馬車へと乗り込んだのだった。 「…ヴィレン様はルクレツィア様の婚約者候補としてお考えのお方なのですか?」  ユーリとの婚約解消の件はレイモンドももちろん知っている。だから、ヴィレンを新しい婚約者としてディートリヒが考えているのだろうかと尋ねた。 「彼はどちらの家門のご令息で…?」 「…正式名はヴィレン・イルディヴィート。魔王国の第二王子だ」  ディートリヒは複雑そうな表情で顔を顰めながら答えた。 「はぁ、なるほど。他国の王子様でしたか。魔王国の………え?」  『魔王国』とは、人間ではなく魔族の国ではないか? と、言いたげな目を向けながら戸惑った顔でディートリヒを見つめるレイモンド。 「お前のそのような顔を見られるとは、珍しいこともあるものだ」  ディートリヒは可笑しそうに笑ってから「ヴィレンは竜だ」と短く伝えると、そのまま馬車に乗り込んだ。 「……竜、ですか…」  自分の横を通り過ぎていくディートリヒを見つめながら、レイモンドは呆然とした様子で呟く。 「ルクレツィアの大事な友人だ。客人として対応してくれ」  馬車の中でディートリヒが改めてレイモンドへ指示を出した。  その時にはもう、レイモンドはイスラーク城の家令に相応しい態度と姿勢で「承知致しました」と、主人に頭を下げたのだった。  商業都市リトアからイスラークまで馬車で1時間半ほどかかるとレイモンドから聞いていたルクレツィアとヴィレンは、始めは楽しそうにお喋りしていたが、いつの間にか二人寄り添うように居眠りしていた。 「こうして見ると、彼が竜だとは思いませんね…」  ディートリヒの隣に座っていたレイモンドが、ヴィレンの寝顔を見つめながら言う。 「…まぁ、竜とはいえまだ10歳の…人間の子供と何ら変わりはない」  ディートリヒはそう言いながらも、ヴァイスローズ公爵家で見たヴィレンの怒り狂った姿を思い出した。 「基本的には、だが…」  なので、少し考えてからそう付け加える。 (城の者にもヴィレンが竜だと通知しておかないとな…)  特に魔塔の魔術師たちには手出しは無用だと強く釘を刺しておかねば、と、考えながら少し憂鬱になるディートリヒだった。   「ルクレツィア、ヴィレン。起きなさい」  ディートリヒの声とともに優しく体を揺さぶられた二人は目を覚ます。 「もうすぐイスラークに着くぞ」  その言葉にルクレツィアはハッと目が覚めて、慌てて窓の外を眺めた。 「……うわぁ!」  窓から見える景色。城がまるで山のように高台で鎮座しており、その下には城に守られるように城下街の街並みが広がっていた。  城の向こう側に見える遠くの山には、まだ雪が積もっているようだ。 (ここが北の領地の首都、イスラーク)  生まれたばかりの頃は自分もこの都市に住んでいたらしいのだが、そんな記憶などあるわけ無いルクレツィアは初めて見る光景に胸を躍らせていた。
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