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ルクレツィアは帝都の屋敷の使用人達とまるで態度の違う彼らに驚き、そしてどこか緊張した面持ちだった。
そんな彼女の様子に気付いたディートリヒは「大丈夫だ」と、ルクレツィアに優しく声を掛ける。
「この城には元々、魔法を使えなかったカレンが暮らしていたんだぞ。ルクレツィアが魔法を使えないからと言って、この城でお前を蔑む者は一人もいない」
ルクレツィアは次に、こちらに優しい目を向けてくるレイモンドを見た。彼はルクレツィアと目が合うと、肯定するように頷いて歩き始める。
レイモンドが列を成す使用人達の前で足を止めて、姿勢を正すとルクレツィア達に向けて改めて丁寧なお辞儀をしたのだった。
「我々使用人一同は、ルクレツィア様のお帰りをずっと心待ちにしておりました」
レイモンドの言葉に、ルクレツィアの胸に込み上がるひとつの感情があった。
「ルクレツィア・クラウベルク様、我が小さな主人。お帰りなさいませ」
彼の言葉に続き、使用人達も声を揃えて「お帰りなさいませ!」と言った。
ルクレツィアは手と口が震えて、何も言えなかった。代わりにディートリヒの首元に、熱を持った目元を押し付けるように抱き付く。
「…どうやら、ルクレツィアは感動しているようだ」
彼女の震える小さな背中を優しく摩りながら、ディートリヒが困ったように笑って言った。
これまで蔑まれ、無視されてきたひとりぼっちの人生。ルクレツィアは自分がここまで歓迎されるとは思っておらず…すごくすごく、嬉しかったのだ。
「ルクレツィア様」
すると使用人の列から一人の女性が前に出てきて、レイモンドの隣に並び立ちルクレツィアの名を呼んだ。
「お初にお目にかかります。私、ルクレツィア様の教育を担当させて頂きます、レオノーラ・スペンサーと申します」
レオノーラと名乗った女性はディートリヒの少し年上くらいの綺麗な女性で、何となくだがディートリヒと似た顔立ちだ。
「アルゲンテウスの軍団長をしているスペンサー侯爵の夫人であり、俺の姉だ」
ディートリヒが捕捉してレオノーラについて説明をしてくれた。ディートリヒの姉…ということはルクレツィアの伯母にあたる人物なわけで…。
「…ディートリヒ様。私の記憶が間違いでなければ、ルクレツィア様のご年齢は10歳…立派な淑女です。そのように、抱きかかえて馬車を降りなければならないような幼子ではありませんよ」
レオノーラが鋭い視線をディートリヒに向けながら、淡々とした口調で物申している。この城で、あの北の氷王にはっきりと苦言を呈することが出来るのは、きっと彼女だけだろう。
ディートリヒは不機嫌な表情を浮かべて「これまでしてやれなかった事を、俺はルクレツィアにしてやりたいんだ」と、レオノーラに反論していた。
「娘を溺愛するお気持ちは理解致しますが、ルクレツィア様のお立場というものもお考えください。父親がそのように扱っては周りへの示しがつきません」
しかし譲らないレオノーラは、表情を険しくさせながらディートリヒを論破していた。まさに正論を説かれて、ディートリヒも思わず口を噤む。
その様子を見ていたルクレツィアは、レオノーラに対して厳格で冷淡そうな印象を抱いた。要は、少し怖い人だと思い苦手意識を持ったのだ。
ディートリヒの後ろに隠れるようにしてレオノーラを見ていたヴィレンも強張る表情で「こえー」と、小さく呟いていた。
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