伍 イスラーク城と氷の扉

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 ルクレツィアはディートリヒに言って下ろして貰うと、レオノーラに向けて皇太子妃教育で培った綺麗なカーテシーをしながら挨拶をした。 「ルクレツィア・クラウベルクです。スペンサー夫人、どうぞご鞭撻の程をよろしくお願いします」  優雅なお辞儀をするルクレツィアを見下ろしながら、レオノーラが「かしこまりました」と答える。 「姿勢や所作は及第点ですわね。今後とも、クラウベルクの公女として品位と気高さを決してお忘れになりませんよう…お気を付けください」 「はい…」  元クラウベルク公女であるレオノーラ・スペンサーという人物は、どうやら一筋縄ではいかない女性のようである。  ルクレツィアは、これから自分はレオノーラから教えを乞うのかと思うと、少しだけ億劫さを感じてしまった。 「ルクレツィア。もし、旅疲れなどなければ俺が城の中を案内しよう」  レオノーラに対してルクレツィアが怯えている事をいち早く察したディートリヒが助け舟を出すように話題を変えた。  ルクレツィアはパッと顔を明るくさせてから、ディートリヒを見上げて頷く。 「…では、私はルクレツィア様とヴィレン様のお荷物の整理がございますので、失礼いたします」  レオノーラはツンと澄ました顔で淡々とそう言うと、こちらに丁寧なお辞儀をして城の中へと入っていってしまったのだった。 「…感じ悪いヤツだな…ルーシー、もしあいつに虐められたらすぐ俺に言えよ。やっつけてやる!」  トトト、と軽い足取りでルクレツィアに駆け寄ってきたヴィレンが頼もしい笑顔を浮かべている。 「姉上は…スペンサー夫人は昔から皆に対してもああいった態度の女性なんだ」  そんな彼らに対しレオノーラをフォローしているのか、ディートリヒが気まずそうな顔でルクレツィアの頭を撫でながら言った。 「あ…大丈夫です。皇太子妃教育を受け持ってくださった先生も厳しい方でしたから…慣れてます」  ルクレツィアも気を遣いながらそう答えて、ふと昔の事を思い出す。まだ自分がひとりぼっちだった時の、まるでモノクロのような寂しい思い出。  教育係の教師にたくさん叱られて、たくさん鍛えられてきた。そして…たくさんノーマンだと蔑んだ目で見られてきた。 (同じ『厳しい先生』だけれど…教育係の先生とスペンサー夫人はどこか違う気がする…)  どこが違うのか、今はまだはっきりとルクレツィアにも分からないけれど…。 「まぁ…気を取り直して城の中を見て回ろうか」 「はい! 楽しみです」 「俺も何があるか楽しみだぜ!」  ルクレツィアは気持ちを切り替えて、ディートリヒとヴィレンと共に城の中へと入っていった。  そんな彼らの後方では、レイモンドが何か言いたげな顔でレオノーラが姿を消して行った方向を見つめていたのだった。  *  イスラーク城の中はとても広く、もう一時間は見て回ったというのにまだほんの一部しか案内されていないと知り、ルクレツィアは驚いていた。 「この城で探検したら楽しそうだな!」 「そうだね。でも迷子にならないようにだけ、気を付けないとね」  ヴィレンとルクレツィアが横並びに歩きながら楽しそうにお喋りしていると、前を歩いていたディートリヒが足を止めた。 「お父様、ここは何のお部屋ですか?」  ルクレツィアは息を呑みながら、その部屋の扉を見上げていた。  これまで見てきたどの部屋の扉より一回りも二回りも大きい、氷で出来た立派な大扉だ。かなり分厚い氷で出来ているのか、向こう側が透けて見えることはなかった。  興味津々な気持ちで氷の扉に手を触れてみたルクレツィア。その扉は冷気を感じるが触ってみても冷たくはなかった。不思議な感覚だ。  彼女の隣でヴィレンも同じように氷の扉に触れてみる。すると、「冷た!?」と驚いた声とともに即座に手を離していた。  ディートリヒがそんな二人の様子をみてクスクス笑い、そして説明する。 「その扉の先にあるのは部屋ではない。更に、クラウベルクの血筋でなければ開く事が出来ない魔法の扉なんだ」
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