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「そんなに冷たかった?」
「あぁ、触ってられないくらいに…」
不思議そうな顔でルクレツィアが尋ねると、ヴィレンは少し悔しそうな表情で答える。
どうやら、クラウベルクの血筋以外の者が氷の扉に触れると発動する魔法のせいのようだ。
ディートリヒが言うには、他者が触れると『絶対零度』という魔法が発動するらしい。
その魔法は触れた者の周りの空気を瞬時に生命活動限界を超える温度にまで冷やし凍らせる魔法だ。数秒間触れ続けるものならば、数回呼吸しただけで肺が凍って出血し、最終的には死に至らしめるほどのものだとか。
話を聞いたヴィレンは顔を青褪めて、扉から一歩下がっていた。
「じゃあ、俺はこの扉を開けることは出来ないんだな」
「開けられないが、通る事は出来るぞ」
肩を落とすヴィレンにディートリヒは言った。
「それにこの扉は、こんな大層な魔法をかけられてはいるが辿り着く先と言えば…」
「ディートリヒ様!」
会話の途中で、ディートリヒを探していたらしいレイモンドがやって来た。ルクレツィア達三人の意識が向こうからこちらへやって来るレイモンドへと向けられる。
「お知らせしたいことが…西部国境防衛前線に派遣されていた部隊が今しがた戻ってきたようです」
「前線部隊が? 早いな…」
レイモンドからの知らせを聞いて、ディートリヒは目を丸くしていた。
「戻りましたのはイクス隊第一陣部隊です。それから、イクス隊長がご報告も兼ねてディートリヒ様にお目通りを願い出ているのですが…いかが致しましょう?」
レイモンドより指示を求められて、ディートリヒは申し訳なさそうな表情でルクレツィアを見た。
「お父様、お仕事に行ってきてください。私はヴィレンともう少しお城を見て回ります」
こちらに遠慮しているのだろうと思ったルクレツィアはニコリと愛らしく笑いながらディートリヒに言った。
「そうか…ありがとう。城の案内の続きはまた後日、だな」
ディートリヒも微笑みながらルクレツィアの頭を撫でて、そして「では、行ってくる。俺の代わりにレイモンドを付けるから…あまり離れた所へ行くなよ」と子ども達に声を掛けてレイモンドへ後は頼むと目配せすると、颯爽とこの場から立ち去って行ってしまったのだった。
「良ければ案内の続きは私がお引き受け致しましょう」
「なぁ、普通の部屋じゃなくて、もっとすっげー所に案内してくれよ!」
にこやかに笑うレイモンドに、ヴィレンは期待のこもった眼差しを向ける。
「ふむ、そうですね…では…」
もうすぐ昼食の時間だし、あまり遠い所へ案内するのは…と、考えながらもヴィレンの期待に応えるべく、レイモンドがどこへ案内しようか吟味している間に…。ルクレツィアはどうしても氷の扉の先にあるものが気になって、そっと扉のドアノブを捻ってみた。
(…あ、開いた…!)
普通の扉と変わらないくらい、簡単に開いた。恐るおそる押し開けてみると、隙間の向こうに見えるのは真っ暗闇だ。
「ねぇ、ヴィレン。少しだけ扉の向こうに行ってみない?」
ルクレツィアは自分の中で燻る冒険心に目を輝かせながら振り返り、ヴィレンに声を掛ける。
「さっきお父様が、ヴィレンも通れるって…」
と、そこまで言い掛けてルクレツィアはふと自身の手元へ視線を落とす。誰かに腕を掴まれているような感覚が…。
(……え…女の人の…?)
細くて白い腕が扉の隙間の向こうから伸びてきてルクレツィアの腕を掴んでいるのだ。
その光景を理解した瞬間、ルクレツィアの心臓がまるで何かに鷲掴みされたかのようにドクンと大きく飛び跳ねた。
「ヴィレ——」
青褪めたルクレツィアはすぐにヴィレンに助けを求めようとしたのだが、その前に白い腕はルクレツィアを暗闇の中へと引き摺り込んだのだった。
…パタン。
静かに閉まった扉の音に、ヴィレンとレイモンドが振り返る。
「…ルーシー?」
そこには氷の扉があるだけで、ルクレツィアの姿はどこにも無かった。
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