伍 イスラーク城と氷の扉

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 突然ルクレツィアに手を掴まれて驚いてしまうグリム。  ルクレツィアもすぐにハッとして、慌てて手を放すと顔を赤らめながらグリムに謝った。 「ごめんなさい…癖で、つい…」  最近のルクレツィアは、いつもディートリヒとヴィレンと過ごしているので、移動する時はいつも二人のどちらかと手を繋ぐ事が多いのだ。  その感覚のまま、ついグリムと手を繋いでしまったというわけだ。  でも理由はそれだけではなく…。 「グリムの雰囲気が、どこかお父様と似ている気がして…」  そう、何処となくディートリヒの放つ雰囲気に似たものを持つグリムに、ルクレツィアは無意識に警戒心を解いてしまっていたようだ。 「…まぁ、別にいいけど…」  ディートリヒに似ていると言われて嬉しいのか、グリムは少し照れた様子で頬を赤らめていた。  そして、すぐにルクレツィアが掴んできた自身の手に目をやった。 (…小さな手だったな…)  それに温かくて柔らかくて、驚いた。  グリム・ベガは生まれてからずっと、孤独に生きてきた少年だった。  エルフの母親から生まれたものの、父親がエルフ以外の種族だったためにダークエルフとして生を受けた。  自分の種族を尊び、他の種族を下に見る傲慢さと閉鎖的な思考を持つエルフの彼らは、他の種族の血が混ざるダークエルフを決して受け入れない。  母親すらもグリムの手を握ってくれたことは無かった。  だからグリムは疎まれながらも独りで生き、その途中でディートリヒに拾われ育ててもらい、戦う術を学び、自分の居場所を見つけてここまで生きてこれたのだ。  彼の手はいつも、生物を殺す為の武器を握りしめている。その武力を振りかざし、戦場を駆けて生き抜いてきた血塗れた手なのだ。 「手放した後で何だけど…手を繋いでもいい?」  ルクレツィアの問い掛けにグリムは言葉を失って固まった。  まるで無垢そのもののようなルクレツィアの手が自分にはあまりにも眩しく感じて…それと同時に触れてもいいものなのかという疑問が彼の頭の中を埋め尽くしたからだ。 「その方が何だか安心できるの…だめ?」  と、甘えたように上目遣いで強請ってくるルクレツィア。グリムは今まで自分に向けられてきたものとは違う初めての温かな感情に、心の奥が(くすぐ)ったくて、戸惑い、どう答えていいのか分からなくなってしまった。  グリムはまだ何も答えていないが、ルクレツィアが再びそっと手を繋いできた。 (…温かい…)  彼は驚きながらもその手を振り払うことはせずに、黙ったままぎこちないながらも優しく握り返したのだった。  グリムの自室から出ると、殺風景な長い廊下に出た。今いた部屋は角部屋だったらしく、扉を出て右側を向けば長い廊下が続いている。  等間隔に並んだ同じ扉の前を通る度に、この部屋にはどんな魔術師が住んでいるんだろう。と、ルクレツィアは想像する。  グリムと手を繋いだまま歩いていると、前方から手に持つ書類を凝視して何やらブツブツと呟きながら歩いている魔術師とすれ違った。  こちらを一切見なかった。誰かとすれ違ったことさえ、気付いていなさそうな勢いだ。 「…魔塔の魔術師は基本的に他者に興味がないからね」  余程ルクレツィアの顔に書いてあったのか、隣を歩くグリムからルクレツィアが口には出さなかった疑問への答えが回答される。 「あるのは魔法への知識と、希少な動植物くらいかな。…あ、あとは宝石。僕も含めてだけど、したい研究がありすぎて、いつも研究費がカツカツだからさ」  冗談っぽく肩を竦めて魔塔の魔術師の実情を話すグリムに、ルクレツィアは楽しそうにクスクスと笑っていた。
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