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晴れてきた煙幕の中にいたのはヴィレンだった。ヴァイスローズ公爵家で見せた半竜状態のヴィレンが、怒りを露わにした表情でこちらに顔を向けた。
「俺からルーシーを奪おうとする奴は…全員敵だ!」
竜は『宝石』のためならば、暴虐者ともなるし守護者ともなる。
突然姿を消したルクレツィアに、ヴィレンはルクレツィアを攫われたと思い彼女の魔力を辿ってここまで取り返しにやって来ていたのだった。
壁の破壊音に、さすがの魔術師たちも無関心ではいられずに部屋から出てきていた。
まるで古代文明の伝記で伝えられている『魔王』とよく似た姿の半竜人に、部屋から出てきた魔術師たちは好奇心に目を輝かせていた。
「ヴィレン、違うの! これは私が…」
ルクレツィアが弁明するよりも早く、ヴィレンが炎を吐いた。グリムは突然現れた強敵すぎる相手に顔を顰めながらも、自身も魔法で応戦する。
グリムがこの国の言葉ではない言語で何かを呟くと、ヴィレンの周りに色鮮やかな赤い炎の羽根を持つ大きな鳥が現れた。
グリムは召喚士だった。魔獣を調教するのとは訳が違い、『召喚獣』と呼ばれる特別な聖獣を喚び寄せて自身の力として行使する者のことだ。
召喚士はなりたくとも聖獣に認められない限りなれるものではなく、それはこの国最高の魔術師であるディートリヒであっても召喚獣を喚び出す事は不可能なのだ。なので、とても稀有で特別な力と言える。
「不死鳥、この炎を纏い喰い尽くせ」
グリムの命令に応えるかのように、フェニックスは舞い上がりヴィレンが吐いた炎をその身に纏わせてグリムとルクレツィアを炎から守った。
そしてヴィレン目掛けて勢いよく下降する。ヴィレンが攻撃モーションに入った火の鳥へ向けて、今度は黒ずんだ炎を噴いた。
前回お茶会で見た時よりも禍々しい黒い炎だとルクレツィアは少しだけ恐ろしさを感じてしまう。
黒い炎に巻かれたフェニックスは炎の中で塵となっていく…。
「…聖獣が…くそっ、炎を焼き尽くす炎ってなんだよ…!」
驚愕の表情を浮かべるグリムは、戸惑いから愚痴を呟き…ヴィレンを改めて見る。
(こいつはさっき、『ルーシーを奪おうとする奴は』と言っていた…)
彼の誤解が解ければ怒りは収まるのではないかと思ったグリムは、ヴィレンと対話を試みる。
「待て。僕たちの間には何か行き違いが…」
ヴィレンはグリムの声を掻き消すように咆哮した。ヴィレンの目に映るのは、ディートリヒではない他の男に抱かれたルクレツィアの姿。とてもとても、気に入らなかった。
「ルーシーは絶対に誰にも渡さねぇ!!」
正気を失った様子の猛獣の姿に、だめか…と、諦めた気持ちですぐに次の召喚獣を召喚するグリム。
「墓守犬、いけ!」
召喚された三匹の黒い大きな狼がヴィレン目掛けて飛び掛かった。
しかしヴィレンは背中から竜の翼を生やし、狼の群から逃れると真っ直ぐにグリムの方へと向かう。一刻も早くルクレツィアを取り返そうとしたのだ。
グリムを助けようとしたのか、はたまた好奇心でヴィレンを捕獲しようとしたのか…野次馬だった魔術師達も応戦し魔法を唱えてヴィレンを攻撃し始めた。
多勢に無勢。たった一人のヴィレンを襲う、優秀な数多の魔術師達の魔法。
ルクレツィアはヴィレンが降り止まない魔法で打ちのめされていく姿を、信じられない気持ちで言葉を失いながら呆然と見つめていた。
その中で、誰の魔法なのか金色に輝く鎖がヴィレンの身体に巻き付いて、彼は床へと墜落する。
「…誰かがあいつを『調教』しようとしてる」
ボソリと呟くグリムの言葉にルクレツィアはハッとして青褪めた。
「やめて! 彼は私の友達なの!」
悲痛な叫び声を上げてヴィレンを見ると、鎖に抑え付けられながら彼は咆哮を上げていた。
ルクレツィアはグリムの腕の中で力いっぱいに暴れて、「うわ!?」と驚く彼の意表を付いて腕の中から飛び出す。
「そっちはあぶない!」と叫ぶグリムの声が後ろから聞こえたが、ルクレツィアは構わずに魔法が降り注ぐヴィレンの元へと走った。
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