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オルク伯爵令嬢の初級魔法でもあんなに怖がっていた筈なのに…例え帝国でも優秀な魔術師達が放つ魔法だとしても、ヴィレンを助けたいという強い気持ちがルクレツィアを勇敢に動かしていた。
「ヴィレン!」
ルクレツィアがそのままヴィレンの元へと駆けて行くと、ヴィレンの目が開き、その紫の瞳にルクレツィアの姿を映す。その瞬間、半竜人から人型へと戻っていった。
「ルーシー…」
グググ、と鎖に抵抗するようにヴィレンが起き上がろうとしていた。
突然現れた小さな少女に、魔術師の大半の者が戸惑って魔法を使うのを止めたのだが…しかし、一部の過激な者達だけが構わずにルクレツィアとヴィレンへ魔法を放ったのだ。
「っ…守護の宿木! 彼らを守るんだ!」
グリムは無作法な魔術師達に驚きながらも召喚獣を喚び出して、ルクレツィア達を守ってやった。
ルクレツィアとヴィレンの周りの床から何本もの小枝が勢いよく生えていった。それは大きな集合体となり、一本の木よりも太い堅固な巨木となる。
下では木の根がザワザワと動き続け、上の方は女性の上半身へと変化していった。その女性の頭から幾つも生えた枝には青々とした葉が生い茂っていた。まるで髪の毛のようにも見える。
ドライアドの木はルクレツィアとヴィレンを飲み込むように自分の腹の中へ…つまりは木の中へと閉じ込めてしまった。魔術師たちの魔法はドライアドが二人を腹の中に飲み込んだことで彼女達に当たることはない。
ドライアドの中では、身構えていたルクレツィアが恐るおそる周りを見渡すと、一面が茶色と緑に埋め尽くされている空洞になっていた。
至る所にこびり付いている光る苔のようなもののおかげで、中はとても明るい。幻想的で綺麗な光景だが、今はそれよりもヴィレンだ。
ルクレツィアは涙目になりながら、すぐ隣で倒れているヴィレンの身体に巻き付く金の鎖を取り外そうと手を伸ばす…。
「この鎖をすぐに外してあげるからね」
ヴィレンの身体を見れば、すごく傷だらけで…ルクレツィアは悲しくて泣きそうになった。
「…だめだ…」
ヴィレンが振り絞るように言う。
「今、俺に触るな…毒魔法をかけられてるから…」
だからこんなにも衰弱しているのかと理解したルクレツィアは、忠告されたにも構わずにヴィレンに触れる。彼に触れた瞬間、ルクレツィアの手は黒ずんでいった。
「やめろ! ルーシーが傷付く事だけは、絶対に…!」
ヴィレンが焦りながらルクレツィアに自分から離れるよう言うのだが、彼女はふるふると頭を左右に振ってそれを拒否した。
ルクレツィアは思ったのだ。
「私も、ヴィレンが傷付くことが嫌なんだもん…」
だから例え毒に侵されようともヴィレンに触れる事を厭わない。
涙を溢してルクレツィアがニコリと笑うと同時に解けた鎖…身体が自由になったヴィレンは何も考えずに、まず目の前のルクレツィアを強く抱きしめた。
(自分が傷付つこうとも俺を助けようとしてくれる女の子なんて、初めてだ…)
ヴィレンは、自分が強いと自負している。魔王国でも、まだ子供のヴィレンに勝てる竜はそんなに多くいない。
だからヴィレンは他人の誰かに庇われた事もないし、助けようと手を差し伸べられた事もない。そもそも、最強種の竜は皆が自身の力を誇示することに誇りを持っている。親は子を全力で守るが、基本的には弱き者は淘汰される種族なのだ。
そしてこの腕の中にいる少女は、確かに自分が『守るべき者』と認識している女の子だ。明らかに自分よりもその子の方が弱いのに…。
「ルーシー、もう俺の側からいなくならないで」
そう言いながら、ヴィレンの胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。
ヴィレンにとってルクレツィアはとても大事で大切な女の子だ。それは変わらない。でも…。
(なんだ…このどうしようもなく込み上がる苦しい気持ち…)
これまでとは違う知らない感情に彼は気付く。
ヴィレンが本当の意味で恋に落ちたのは、きっとこの瞬間なのだろう。
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