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ドライアドの外ではグリムと魔法を放った魔術師が睨み合っていた。
「お前は…グリム・ベガ。邪魔するな! あの竜は俺のモノだ!」
自分の魔法がドライアドによって防がれた事に舌打ちしては前に出てきた一人の赤髪の男が傲慢にもそう言った。ヴィレンを一目見て竜だと気付いたらしい。
「もしかして、お前もあの竜を召喚獣のコレクションに加えたいのか?」
「ニック…」
男の名を呟いてグリムはその赤髪の男を睨みつけた。どうやら、ヴィレンをテイムしようとしているのはこのニックという男のようだ。
「違う。今、小さな女の子がいたのに魔法で攻撃しただろ?」
グリムが責めるように言うと、ニックは「あぁ」と思い出したような顔をして「誰なんだ、あの子供は?」と続けた。
「ディートリヒ様のご息女様だ」
グリムがルクレツィアの正体を伝えると、周りの魔術師達は途端に彼女を注目する。ちょうど、ルクレツィアとヴィレンがドリアードの腹の中の小枝たちを掻き分けて外に出てきた所だった。
ニックは目を丸めてルクレツィアを見る。
魔塔主の娘に攻撃魔法を…と、この男が後悔と反省をする事は無かった。逆に愉快そうに大笑いして、ルクレツィアを見下ろす。
「この子供が、あの魔力なしでディートリヒ様に捨てられたと噂の娘なのか!? なんでここにいるんだ?」
全員がとは言わないが、マルドゥセル魔導帝国出身の魔塔の魔術師達は魔術師としてのプライドも高いため普通の帝国民よりも強くノーマンのことを価値のない劣等種として見ている者が多い。ニックもそういった内の一人だった。
腹を抱えて笑うニックに、他国出身のグリムや半数の者は不愉快そうに顔を歪め、帝国出身であるもう半数の者はルクレツィアがノーマンと知り関心を失ったような白けた表情を浮かべていた。
基本的に魔塔の魔術師は他人に無関心だ。ニックのようにノーマンを馬鹿にする時間すらも無駄だと考える。ニックのように攻撃的な者はごく一部の者だけだった。
ルクレツィアはディートリヒが治めるこの北の地でも起こった差別に悔しさと悲しさからグッと堪えるように下唇を噛み、目を伏せて…するとヴィレンがルクレツィアの背に手を添えて「大丈夫だ」と言った。
ルクレツィアがハッと気付いた時には、ヴィレンの竜の鉤爪がニックの顔面の肉を引き裂いた後だった。
「ぐぅっ…!」
目で追えない速さだったためヴィレンの攻撃を躱せなかった。毒魔法で弱っていた筈なのに…どうして竜が突然元気になったのか、ニックには分からずただ呻き声をあげるしかない。
「さっきまではルーシーが怪我しないように手加減してたけど、もうそんな事は気にしなくていいな」
ヴィレンの明るく笑う声が逆に不気味だ。そう、彼はもう手加減しなくていい。何故なら彼の大事な『宝石』は安全な場所…つまりヴィレンの後ろにいるのだから。
周りの魔術師達も唖然とした顔でヴィレンを見る。彼の『本気』を垣間見てしまったようで…誰もその場から動けなかった。
片目を潰されたニックは、よろめいて一歩後退する。そんな彼に聞こえるようにヴィレンは言った。
「ルーシーの魔力を少し…いや、結構貰ったから体力が回復したぜ」
ニックは顔の傷を押さえながら驚きの表情を浮かべる。だって、ノーマンは『魔力なし』だからノーマンと呼ばれているわけで…。手のひらに生温かい血がぬるりと絡み付いていく。思ったよりも出血が酷い。
「お前ら人間はいつも、ノーマンだとかそうじゃないとか、ごちゃごちゃうるせぇな」
そう言ってニックとその周りの魔術師達を睨み付けるヴィレン。
「ルーシーには俺がいるから、そんな事どうでもいいんだよ。あいつを泣かせたり傷付けた奴は俺が許さねー、ただそれだけの事だ」
紫の瞳の奥にある縦長の瞳孔が開いたまま鋭くこちらを見ている。その時、ニックはヴィレンに対して得体の知れない恐怖を感じた。
(…何で俺…今、前に読んだ古代文明時代の文献の事を思い出したのだろう…?)
その時代にこの地に住む生物たちを無慈悲に蹂躙したという『魔王』の存在を文献を読み知った時、ニックが心の奥底から感じた恐怖と同じ…。
ゴクリ。彼は緊張から唾を飲み込んで、嫌な汗をかいていた。
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