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ディートリヒの怒気を含んだ威圧感に震え上がりながらも、グリムや一部の魔術師がこれまでの事について嘘偽りなく報告した。
「…なるほどな」
数名の魔術師からの報告を聞いたディートリヒはルクレツィアを抱きしめたまま立ち上がると、目の前で氷の像と化しているケンタウロスに手を翳し、彼の首にある金の首輪を消滅させた。ニックのケンタウロスへの支配を、強制的に解除したのだ。
そして何かの呪文を唱えては氷の拘束を解いてやる。すると氷の中で気を失っていたのか、ケンタウロスの巨体はそのまま後ろに倒れてしまった。
「誰かこの者を医務室へと連れて行ってやってくれ」
ディートリヒの指示に数名の魔術師が飛び出してきて、意識のないケンタウロスを魔法で抱え上げてこの場から連れ出していた。
その一行と一緒に、先ほどニックの治療中に魔獣の群れに襲われた女魔術師を横抱きにする魔術師の姿もあった。立ち去る直前、ニックを憎しみのこもった目で睨み付けていた事が少し気になる…。
ディートリヒが再び呪文を唱えると、その場に三体の鎧を着た氷の騎士が現れた。ディートリヒによって生み出された氷の傀儡だ。
氷の騎士達はまだ僅かに残っていた魔獣の残党を完全に全滅させると、軋んだ重い足音を立てながら青褪めた顔で座り込むニックを取り囲んだ。
背丈が2メートル以上もある騎士の一人が、ニックの目の前で手に持つ剣を地面に突き立てるように刃を下にして振り上げる。
「…っ、ディートリヒ様! お許しください! 俺は、俺はただ…そこの竜を…!」
「ニック。お前は牢獄で自らの行いについて考えろ」
縋るニックを冷たい目で一刀両断にしたディートリヒ。ニックが絶望した表情を浮かべると同時に、騎士の剣が床に突き刺さる。
突き刺さった刃から赤黒い異空間が広がり、その中から黒い手が幾つも伸びてきてニックの身体を掴んだ。
「ひっ…!?」
ニックはそのまま引き摺り込まれるようにして赤黒い異空間の中へと姿を消していった。おそらく魔塔にある牢獄へと転移させられたのだろう。
「…ルーシー…」
そこに泣きそうな顔をした人型のヴィレンがやって来た。落ち込んだ様子の彼。
「…俺、お前を泣かせたやつは懲らしめてやるって言ったのに…お前を守ってやれなくて、ごめん…」
謝りながらヴィレンの目にジワリと涙が浮かんでいる。ケンタウロスがルクレツィアを踏みつけようとしている光景を見て、ヴィレンは本気でルクレツィアを失ってしまうと思い怖かったのだ。
今回はディートリヒがいたから良かったけれど…。
(俺は未熟者だ…多分このままの強さじゃルーシーを守ってやれない)
彼は後悔と反省から、今持つ自身の誇る強さとは別の、『守る強さ』を模索せねばならないと決意した。
ディートリヒは珍しく落ち込んだ様子を見せるヴィレンに小さな息を吐く。
(こうなった事の発端は怒り任せに魔塔に攻め込んだヴィレンにあるが…今はひとまず叱るのは後にしておいてやろう)
そして、膝をつきしゃがんではルクレツィアと共にヴィレンの身体も纏めて抱き締めてやった。
「ヴィレン。お前も無事で良かった」
見れば傷だらけのヴィレン。娘のために彼がどれだけ激闘したのか窺い知れる…それも、この国でも優秀な者が集まる魔塔の魔術師相手にだ。
抱き締められた瞬間、ヴィレンは悔しかったのか涙をボロボロとこぼし始めた。
「ディートリヒ、俺っ…このままの俺じゃ嫌だ…!」
「お前はまだ10歳の子供だからな。幸いここは魔塔だ…これから学んでいけばいい」
するとヴィレンは声を押し殺して泣きながら、コクリと頷いていた。
ディートリヒはルクレツィアとヴィレンを腕の中から解放すると改めて周りを見渡した。
大きな穴の空いた壁、魔獣達の死骸、疲れ切った顔の魔術師達…を見て今度は大きな息を吐く。
次にグリムを見て、彼に声を掛けたディートリヒ。
「グリム、ルクレツィアを保護してくれてありがとう」
「…いえ。僕もお嬢様をきちんと守ってはあげられませんでしたので…」
と、申し訳なさそうに目を伏せるグリムに、ディートリヒは「そんな事はない。お前の墓守犬がいなければ、俺も間に合わなかったかもしれない」と感謝の気持ちを込めて優しい声で慰めた。
「さて…」
ディートリヒは改めてルクレツィアを見た。まだ彼女の目元に涙の痕が残っている。
本当に無事で良かったと、ディートリヒはまたルクレツィアを強く抱き締める。
「ルクレツィア…今までどこにいたんだ?」
ディートリヒは抱擁を解くと、苦しそうな表情を浮かべてルクレツィアの華奢な両肩を掴んでは尋ねた。
「お前は、半日も姿を消していたんだぞ…!」
どれだけ探し回った事か…と、呟くディートリヒに、ルクレツィアは驚きから目を大きく開いて目の前の父親を見つめた。
何故ならルクレツィアは、氷の扉を通って一時間も満たない時間しか魔塔で過ごしていないのだから。
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