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ディートリヒの話では、ルクレツィアが氷の扉に引き摺り込まれ姿を消してから、ヴィレンと共に彼女を探し回って四時間以上もの時間が過ぎていたと言うのだ。
「これまでずっと…何度もルーシーの魔力を辿ったけどダメだった。まるで、ルーシーがこの世界に存在していないみたいに魔力を辿れなかったんだ」
だから二人は当てもなくルクレツィアを探すしかなかった。城や魔塔の中は勿論、街にも捜索隊を派遣し、それでも手掛かりひとつ無かった為、捜査網を街の外にまで拡げようとしていた所だったのだ。
そんな矢先に、ヴィレンはディートリヒと共にイスラークの都を出て近くの山を捜索しようとしたところで、突然現れたようにルクレツィアの魔力を感知した。
焦りのあまりディートリヒに行き先も告げずに真っ直ぐこの魔塔へ飛んできたのだという。
ルクレツィアは二人の話を聞いても信じられなかったが、ふと、ヴィレンが開けた穴の向こうに目を向けると、空には朱色が滲んでいた。北の空は帝都と比べて日が暮れるのが早いとはいえ…。
(…夕暮れ空…)
ルクレツィアがイスラーク城にいた時は、確かに昼頃だった。ルクレツィアには分からない。ディートリヒやヴィレンと自分の間にあるこの『空白の時間』のズレが気味悪く感じた。
「ま、待ってください! 僕が彼女を保護したのはほんの数十分前ですよ?」
彼らの会話に違和感を感じたグリムが焦る表情で言うと、ディートリヒは難しい顔をして黙り込んだ。
「…ルクレツィアは、確かに氷の扉を通っただけなんだな?」
「は、はい」
ディートリヒは小さく息を吐いてから「この事については、俺の方で調べてみよう」と言って、この話題を終わらせる。
(はぁ…考えるべき事がたくさんあるな…)
まずはルクレツィアの無事な姿が見れて一安心だ。とりあえず…。
「ヴィレン。頼むから、これからは行き先ぐらいちゃんと知らせてから行ってくれ」
山に取り残されたディートリヒは、ヴィレンを追跡するのに一苦労だった。お陰でこうして到着が遅れてしまったのだ。
「うっ…ごめん…」
今日は精神的に参っているからか素直に謝るヴィレンに、ディートリヒは小さな息を吐くだけでそれ以上は何も言わなかった。その代わり…。
「城に帰ろうか」
レイモンドや他の皆が心配している、とディートリヒに言われて、ルクレツィアは自分が思うよりも大事になっているようで申し訳ない気持ちになる。
このまま城へと帰りそうな雰囲気に、ルクレツィアはチラリと後ろを振り返った。そして、タタタっと小走りに掛けては、グリムのお腹に飛び込むように抱き付いたのだ。
ルクレツィアの予測不能な行動に驚くグリム。そんな彼を見上げながらルクレツィアは笑顔で感謝を告げた。
「グリム。たくさん守ってくれてありがとう!」
「……っ…」
感謝され慣れていないグリムがどうしていいのか分からずに固まっていると、すぐにヴィレンがやって来て嫉妬した顔をしてはグリムとルクレツィアを引き剥がした。
「お前! ルーシーに近付くな!」
「…僕からは何もしていないけど」
睨み合う二人だったが、ディートリヒがこちらに近付いてきていたので、グリムはヴィレンから視線を外し顔を上げる。
「グリム。良かったら戦闘兵士を辞めてルクレツィアの護衛をしてみないか?」
『雪銀の魔兵団』には細部に渡り様々な部署がある。中でも主に武力を担当する部署が、グリムの所属する戦闘兵士と言われる部署だ。
マルセルとの約束でディートリヒが帝国の防衛前線地に派遣した兵士の大半が、この戦闘兵士である。
「えっ、僕がですか…?」
まさかそんな事を提案されるとは思わず、グリムは思わず言葉に詰まった。
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