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「あいつ、俺と正反対だから…落ち着いてるし、大人だし…それに、頭も良いし…」
ヴィレンが落ち込んでいる。あのマイペースでいつも自信たっぷりなヴィレンが珍しい…と、ルクレツィアは物珍しい気持ちで彼を見つめた。
「グリムは私たちよりも7歳も上なんだから、落ち着いていて大人で頭良いのは当然じゃない?」
何をそんなに落ち込むことがあるのか…と、ルクレツィアは首を傾げながら聞き返すと、ヴィレンは「そうだけど…」と、何やら歯切れの悪い返事を返してきた。
「…グリムは、俺にないものをいっぱい持ってる。俺だってルーシーの側にいるのに、ディートリヒがわざわざグリムに護衛を頼んだのだって…そういう事だろ…」
俺じゃ力不足なんだ。と、項垂れるヴィレン。ごちゃごちゃと頭の中でグリムの事が気に食わない理由を並べていたヴィレンだったが、結局、そこなのだ。
ディートリヒがグリムを護衛として選んだ時、本当はヴィレンはとても悔しかった。『お前じゃルクレツィアを守れない』と、ディートリヒに言われたも同然だと感じていたから。
実際に自分の力不足は認めているし、その為に強くなろうと現在進行形で努力だってしている。…レオノーラの厳しい授業にも耐えている。
これから成長していけばいいと思ってはいるけれど…頭では分かっているが心はそうじゃない。
(ルーシーの隣は、いつだって俺だけのものじゃないと嫌だ…)
これは焦りだ。ルクレツィアを取られたくないと駄々を捏ねているだけなのだと自分でも分かっている。だから…。
(…今の俺、かっこ悪ぃ…)
ヴィレンがルクレツィアから目を逸らし、再び川に目を向けた時、ルクレツィアが「でも、」と口を開いた。
「誰が何と言おうと、私にとっての勇者はヴィレンだよ」
ヴィレンは目を丸くしてルクレツィアを振り返った。ルクレツィアは幸せそうに笑っている。
「初めて会った時にヴィレンが私の背中を押してくれたから、何があっても私の味方でいてくれたから、私のままでいいって言ってくれたから…だから私、今すごく幸せで笑えてるんだよ」
その笑顔がとても眩しくて、ヴィレンは思わず目を細める。
「私ね、ヴィレンと出会えて良かった!」
「……俺だって、ルーシーと出会えて良かった」
ヴィレンがルクレツィアの手を握ると、彼女の手は少し冷たくなっていた。もうすぐ秋が来る季節となり肌寒くなってきたからだろうか…。
「俺、これからいっぱい勉強して強くなって…誰よりもルーシーを守れる男になるから」
「うん。でもヴィレンは十分に強いと思うけど…」
ルクレツィアがヴィレンの決意に水を差すような事を言ってしまい、ヴィレンが少しムッとした顔をした。
でも、仕方ないじゃないか。ルクレツィアだって女の子なのだから…こんな格好良くて素敵な男の子に真っ直ぐに『守る』なんて言われたら照れ隠しもしたくなる。
ヴィレンはルクレツィアから手を離すと、勢いよく彼女の両肩を掴んでは顔を覗き込みながら言った。
「いいか、ルーシー。覚悟しろよ?」
「な、なにヴィレン…」
驚くルクレツィア。ヴィレンは顔を真っ赤にさせては、勢い任せに宣言する。
「俺はこれから成長しまくって、絶対にグリムよりもいい男になるからな!」
そんな事を大きな声で叫ぶので、周りの通行人たちが驚いて二人に注目した。
「強くなってお前を守るし、デートだって下調べするし、何よりルーシーにとっての一番の味方になる!」
恥ずかしそうにしながらも決意を固めるヴィレンに、ルクレツィアはクスクスと笑っている。
「笑うなよっ、だから、俺が言いたいのは…」
ヴィレンは今までの人生の中で一番の勇気を振り絞った。
「将来、俺はお前に相応しい男になるから…そしたら、余所見なんかするんじゃねーぞ!」
自分だけを見てろと告白も同然な事を言ってくるヴィレン。そんな彼に対し、ルクレツィアは気恥ずかしさと共に愛おしさを感じた。
(私、ヴィレンの事がとても大切で特別だ…)
はにかんで、彼の胸にそっと手を置く。
この温かな感情の名前は何だろう? でも、今はまだ、何も分からない子供のままで。
「あのね、私の理想の男性はお父様なの」
ルクレツィアは踵を上げて、ヴィレンの耳元に唇を寄せる。
「だから、頑張ってね。ヴィレン」
そして彼の柔らかな頬にチュッとキスをした。
ヴィレンは目を大きく開いては、更に真っ赤になった顔で目の前のルクレツィアを見た。向こうでは青褪めた顔のグリムが慌てた様子でこちらに向かって走ってきている。
そんな中ルクレツィアは、まるで悪戯が成功したような笑顔を浮かべてはヴィレンに可愛らしくパチリとウインクしてみせた。
「私に余所見なんてさせないでね」
(…俺、ルーシーには一生敵わないのかも…)
どうやらヴィレンよりも、ルクレツィアの方が数枚上手のようである。
—陸 クラウベルクの天使・終—
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