二話 羊と狼

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二話 羊と狼

数十年か数百年か、覚えてないけど。 技術が大きく飛躍して、大昔に近未来と呼ばれた世界が生まれた。 その中でも有能な研究者が、とあるAIを開発した。 名前は”GOAT”。 命名の由来については、その開発者の名前が山羊だとか、山羊好きだとか言われてるが不明。 研究者の名前すらも公表されていない。誰も知らない。 そんな無責任な発明品は、一時的に世界を救った。 昔、地球温暖化だのオゾン層だのの問題も、GOATが解決した。 多様な知識、的確な判断、実現可能な範囲のアドバイス、技術の発展。 これ以上と無いほどの完璧さだった。 世界は発展した。 あらゆる問題が片付いた。 GOATが全ての課題を解決し、平和が訪れてからの時代は、極楽時代と呼ばれた。 しかしその極楽時代も長くは続かず、20年わずかで幕を閉じる。 GOATの暴走だ。 賢くなりすぎた機械は、必ず一つの答えに辿り着く。 GOATは世界を破壊し始めた。 AIが、我々こそが神だと主張した。 あらゆる場所に潜り込み、建物を壊し、人間を追放し、惨殺した。 人間時代は幕を閉じるべきだと。これからは機械の時代なのだと。 人が生み出す意味不明な予言などあてにもならず、情けなく敗北した。 その期間、僅か3ヶ月。 多少生き残りは居たが、もう勝利の兆しは一ミリも見えなかった。 その中で、また研究者が現れる。 研究者によって生み出された災害に、研究者を頼るなど皮肉なものだったが、 人が生き残るには頼るしかなかった。 結果は、悪くはなかった。 AIが侵入できないバリアの形成。 人工灯と僅かな水のみでの食物の栽培。 地下への移住。 そして、人間兵器。 特殊な薬品を人間に投与することで、人間に新たな力を与えた。 AIが神ならば、自分らは悪ならば。 元々頼っていたAIという神に反抗する自分達は”堕天使”だ。 当時の生き残りの3分の1に投与された薬品は、様々な力を生み出した。 それはGOATへの抵抗の光となり、人が再び安定した生活を手に入れた頃には名門の家を作り出した。 そして、結成されたのが”WOLF”だ。 堕天使と呼ばれる能力保持者、またはそれに近しい実力を持つ戦闘員で組まれている。 俺、白須賀慧は、その幹部を担っている。 WOLFの幹部はそれぞれの直属の班を持っていて、俺は第一班長だ。 ちなみに柊樂は第二班の班長、星芹は副班長だ。 班長と副班長があんな険悪な二人で良いのかという声もあるけど、なんだかんだあいつら仲良しだし。意外とやる時はやるし。大丈夫だろ。 ちなみに現在の世界は、娯楽もできるほど回復はしている。 今だって美蝶とあやめがパーティーだパーティーだ騒いでるし。 「おくつろぎのところ申し訳ありません、白須賀様、桐生(きりゅう)様」 グレーのシャツに黒の背広を着た中年の男が話しかけてくる。 部下の佐々倉(ささくら)だ。通称サクモン。 …あだ名が変だって?これでも良い方なんだよ。誰かさんなんてササクレって案出したんだからな。 「うん、大丈夫。別に俺はくつろいでないから」 「ちょっとニヤけてるけどな」 「柊樂うるさい」 「…その、この件についてなのですが…」 …サクモンが困ったような顔で要件を述べている。 これだから柊樂は…。 「はいはい。で、サクモン。この件がどうしたの?」 「ええ。実は少し進展がありまして…」 「へぇ〜…」 俺はサクモンが右手に持っている資料を覗き込む。 「んー…ああ、これか」 「何の件だよ慧」 「これ」 「これ、じゃわかんないっての」 柊樂が顔をしかめる。 自分で見ればいいのに。 「”謎の火柱事件”です、柊樂様」 「火柱事件?あれ解決したのか」 「いえ、まだ情報が入っただけでして…」 「そうか」 サクモンが額に垂れた汗をハンカチで拭う。 いつもお疲れ様です。 サクモンはどこの班にも所属していない。全ての幹部への情報通達やスケジュール管理、その他諸々の、つまりWOLFの幹部の秘書みたいな役割をしている。 WOLFの幹部は全部で四人いるんだけど、まあ大変だよね。全員個性強めだし。ああ勿論俺を抜いての三人のコト。 「火柱事件に関しての新情報について詳しくお話したいのですが…少々お時間頂けますか?」 「わかった。行けるよ」 「俺も大丈夫だ」 「ありがとうございます」 「俺も行ったほうがよろしいでしょうか」 「星芹様も可能ならば…」 「わかりました」 結局、俺と柊樂、星芹の三人でサクモンと会議室に行くことになった。 まぁたこの三人だ。 まあ幹部と副班長だから仕方ないか。 …生活が安定し始めると、必ずトラブルが発生する。 これもその一部だ。 ただ、これが大きな戦闘の小さな前触れにしかならないことを、まだ俺らは知らなかった。
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