今までの私

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今までの私

夫は40歳で 息子二人と私を置いて 煙となって空に昇った。 息子たちは、親族の集まりに興奮して はしゃいでいたし 夫の親が、私以上に泣き嘆くから 私は涙のタイミングを失った。 夫の仕事は左官業で 仕事中、屋根仕事を手伝っていた時 転落し、病院に運ばれたけど 助からなかった。 玄関で「行ってらっしゃい」したのは 数時間前だったのに。 息子たちを養うため、私は 悲しむどころでは無かった。 元々パートで働いていた スーパーに、夫が亡くなってからは 店のご厚意で、正社員として働かせてくれた。 育ち盛りの男の子達を養うには 食品の売れ残りを持たせてくれたり 子供が病気になった時も 同僚達は、ほとんど子育て世代だから 「お互い様」と言って助けてくれた。 あれから15年。 再婚の話もたまに上がったが 大好きだった夫と、比べてしまうことに お相手にも失礼だし、彼以上に 好きなれる人もいなかった。 長男は25歳、次男は18歳になった。 次男は大学生になるが、長男は就職し 家計を助けてくれて、少し楽になってきた。 がむしゃらに働き、子育てをしてきたから 化粧もせず、量販店のセール品で何でも済ませ おしゃれは二の次。 髪はいつも千円カットで 「いつもと同じで」と言って頼む。 節約の意味もあるけど、 あの日以来、髪型は変えていない。 空にいる夫が、私を見つけやすいようにと思ってのこと。 このことは誰にも言ってないけど。 息子たちは無愛想だし 特に次男は生意気盛り。 長男は少し大人になって、話し相手に なってくれるようになったけど 夕食はほとんど家ではとらなくなった。 私も仕事から戻ると、夕食を食べながら ビールを一缶だけ開け 夫の写真に向かって、一日の報告をする、ありきたりな日々を送っていた。
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