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毎年山の麓で行われる夏祭りの夜は、子供も遅くまで遊ぶことが許される珍しい日だ。
但しそれは子供神輿を山の中腹にある、自治会館庭の倉庫に納めるまでのこと。時間にしてだいたい夜の九時まで。
この時間が主に小学校中学年くらいまでの、この日の子供たちの門限となる。
村の人たちは口々に、必ず守らなきゃならないと言う。
明朝のラジオ体操に、起きられなくなるからだろうか。
出席のハンコを集めると、最終日に景品が貰えるのだ。
人だかりから少し離れた場所で、浴衣を着てわたあめを食べる少年の家に、父や祖母はいない。
少年の母と祖父は輪番制の役員のため、今夜は祭りに出突っ張りだ。
「神隠しに遭うといけない。九時には帰って、お風呂に入って眠るのよ。約束ね」
母からも口酸っぱく言われた少年は、指切りげんまん♪をした。
だが今夜は山の夏祭りだ。
田舎の小さな村で行われる、知名度の低い年中行事のひとつだから、特に外部からの観光客が足を運ぶわけでもない。
神隠しなど迷信に違いなく、ここは地域全体が顔馴染みみたいな場所だから、そこまでピリピリする必要もないだろう。
側溝には蓋がある。
用水路周りも網が張り巡らされ入れないから、危険はない。
少年は納得いかなかった。あわよくば、約束を破りたいと考えている。
小さな好奇心と、ほんの僅かな反抗期。そんな風に考えてほしい。
「ママと爺ちゃんは帰りが遅くなる。
何か困ったことがあれば、お隣りの松谷さんを頼りなさい」
だがなるべくは自分でなんとかしてほしい、そんな祖父の本心が見え隠れ。
いつもは優しい皺くちゃな顔が、今は厳しそうに映った。
今時この地域にもごく稀にだが、通塾している子供がいる。本数が少ないバスと電車を乗り継いで、ここより都会へ週何日か往復するのだ。
そんな子ですら祭りの日は塾を休み(別日に振り替えて)、夜まで祭りを堪能する。
堅苦しい勉学からの解放? 否。
都会は遠いから、駅に帰着するのが九時を過ぎてしまうのだ。
大人たちは九時に縛られず、夜通し打ち上げをするのに、門限は大事と言明した。
「真っ直ぐ帰れよ」
会館横には小さな神社があり、細く朱い鳥居がある。
創建年代は不明だが、祠には有名な【幕末の三舟】のうちひとりが揮毫した碑も建てられていて、村の隠れ遺産だ。
その神酒処にいる大人たちから念を押された少年は、渋々同級生と帰路に着く。特に反発はなかった。
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