【47】馬鹿げた芝居

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【47】馬鹿げた芝居

藤倉は翌日『Sweet Heat』に出勤すると、柏原に明後日の日曜日に休ませて下さいと申し出た。 柏原は「分かった」と一言答えた。 それからラインで南野に 『ミナミ、日曜日休みって言ってたよね? 五反田に来ない? 新居を案内しま~す!』 とトークした。 案の定、藤倉の引っ越し先に来たことが無い南野は喜んで、 『行きます!行きます! でも藤倉さん、日曜日なんて休めるんですか?』 とトークを返して来た。 藤倉は頬の湿布に触れながら、 『昨日、ヘルプで出たから、その代わり!』 と返事をした。 翌日の朝礼で、緒方が「藤倉は明日休む。代わりは早番の…」と話した。 藤倉は橘の言った通りだな、と思った。 藤倉が緒方に顔を蹴られた代償の有休は、こんな急な、しかも日曜日の休みでも、文句は言えない。 緒方を気にせず休める有休はあとニ日。 大切に使わなければ…。 翌日の日曜日の正午頃、南野が五反田にやって来た。 藤倉と南野は駅前のカフェに入った。 カフェと言っても食事が充実していて、カップルや女子のグループで混雑していた。 南野はまたハンバーグを食べていて、藤倉は笑った。 食事を終えるとカフェを出て、藤倉はバスに乗ろうと言った。 南野は 「歩いても15分なんでしょ? 道を覚えたいから歩きます」 と答えた。 藤倉はそれを避けたくてバスに誘ったのだが、南野が余りに楽しそうで、それ以上強く言えなかった。 二人で話しながら歩いていると、直ぐに藤倉のマンションに着いた。 南野は藤倉の部屋に上がると、部屋中を見て歩き回った。 藤倉はアイスのブラックコーヒーを淹れて、ローテーブルに置いた。 「ミナミ、そろそろ座ってよ。 大事な話があるんだ」 南野はビックリしたように藤倉に向かって振り向くと、ローテーブルが置いてあるカーペットの上に座った。 藤倉が 「ソファに座ったら?」 と勧めたが、南野は 「大事な話なんでしょ? 藤倉さんの顔を見て話したい。 藤倉さんもカーペットに座って下さい」 と言った。 藤倉は南野の正面に座った。 「大事な話って何ですか?」 南野が藤倉を見つめる。 藤倉も南野を見つめ返す。 「玲那ちゃんのことなんだけど…」 「はい」 「ミナミのスマホやパソコンから玲那ちゃんの画像やメール、全部消してくれないかな? 風景とか玲那ちゃんに関する画像も全部」 「…何でですか? 藤倉さんは写っていません。 画像やメールは俺と玲那ちゃんの思い出です。 何で消さなきゃならないんですか?」 「もうさ、ウザいんだよ」 藤倉は薄く笑った。 「ミナミだから言うけど、もう玲那ちゃんのこと、好きでも何でも無いんだ。 でも玲那ちゃん、まだ俺が好きだとか言ってしつこくメールしてきたり…一週間もかけて砂の城作ったり…正直あれにはゾッとしたよ」 「…藤倉さん…本気で言ってるんですか?」 「本気、本気。 それで、俺は全部消したけど、ミナミのところにもあるのかと思うと気持ち悪いんだよね。 あ、五十嵐さんにも消すように言ってくれる?」 藤倉は笑いながらアイスコーヒーを飲む。 南野は静かな声で話し出した。 「藤倉さん、引っ越しする前、玲那ちゃんと上手くいってるから、引っ越すって言いましたよね? 玲那ちゃんはまだ恋かは分からないけど、藤倉さんを好きだと言ってくれてる、今まで誰にも話したことの無い夢の話まで話してくれたって。 だけど、このままだと、玲那ちゃんに迷惑をかける可能性がある。 それだけは絶対に駄目だし、玲那ちゃんと自分は違い過ぎる。 未来なんか無いって言った。 玲那ちゃんに無駄な期待をさせたくないとも。 俺のことも、俺を巻き込みたく無いから、迷惑の理由は話せない、藤倉さんの最後の我が儘だと思って、これ以上この話は訊かないでくれとも言ったじゃないですか」 「あれはさ~ちょっと格好つけたかったって言うか…。 正直に言っちゃうと、ミナミに軽蔑されたく無かったんだよね」 南野はじっと藤倉の目を見て続ける。 「じゃあ、玲那ちゃんの為なら残酷なことでも何でもするって言ったのも、単なる格好つけですか? 玲那ちゃんに二度と会えなくなっても、玲那ちゃんが藤倉さんを忘れても、藤倉さんの世界で一番嫌いじゃない人は玲那ちゃんじゃないんですか?」 「よく憶えてんな…」 藤倉はポツリと言うと、呆れたように南野を見た。 「忘れられる訳無いでしょうが!」 南野が怒鳴る。 「藤倉さん、何で今更そんな嘘をつくんですか!? それこそ理由を言って下さいよ! 藤倉さんの嘘なんて俺には通じませんよ! 何年、親友やってると思ってるんですか!?」 「親友、辞めてもいいよ」 藤倉が笑顔で言う。 「藤倉さん…」 南野が絶句する。 「兎に角、玲那ちゃんと俺を繋げる物は全部消して欲しい。 俺のことはどうでもいい。 ミナミが玲那ちゃんを大切な友達だと思うなら、そうしてやって欲しい」 「……」 「好かれても無い、何とも思われて無い相手に必死になって、ウザいと思われてる玲那ちゃんを、可哀想だと思うならさ」 藤倉はそう言い捨てると、ニヤッと笑った。 南野はアイスコーヒーに手も付けず、藤倉の家を後にした。 五反田駅まで歩いて着くと、如月のスマホに電話をする。 如月は直ぐに出た。 『ミナミ、何?』 「玲那ちゃん、今何処ですか?」 『今日も休日出勤!』 「何時頃、終わりますか? 玲那ちゃんにどうしても話したいことがあるんです」 『そうなんだ? じゃあ、上手く切り上げるよ。 どうせ昨日も休日出勤したし。 6時には役所を出られるよ』 「すみません。 それじゃあ玲那ちゃんちの駅前にDっていうコーヒーショップありますよね? あそこで7時に待ってます」 『了解~!』 南野が如月と約束した池袋のコーヒーショップで早目に如月を待っていると、如月は7時少し前にやって来た。 南野を見ると嬉しそうに笑って、カフェラテを持ち、南野のいるテーブルの前に座る。 「ミナミ、急いでたみたいだけど、話って何?」 「今日ね、藤倉さんに会いました」 「…そう」 如月が俯いて一口、カフェラテを飲む。 「悠真、元気だった?」 南野はケラケラと笑った。 「元気ですよ~。 俺に下手な芝居を必死でするくらい」 「芝居?」 如月が顔を上げる。 「俺や五十嵐さんが持ってる、玲那ちゃんの写真やメールを全部消して欲しいって言われました」 如月が瞳を見開く。 「玲那ちゃんをもう好きでも何でも無いって。 俺達が玲那ちゃんの画像やメールを持ってることが気持ち悪いって。 俺と親友辞めてもいいって言うんですよ、あの馬鹿」 「……」 「『好かれても無い、何とも思われて無い相手に必死になって、ウザいと思われてる玲那ちゃんを、可哀想だと思うならさ』だって。 玲那ちゃんと自分を繋げる物は全部消して欲しいだって。 でも馬鹿は馬鹿です。 語るに落ちてるんですよ。 自分のことはどうでもいいとか、ミナミが玲那ちゃんを大切な友達だと思うなら、そうしてやって欲しいとか。 嫌いになった相手に、そんな思いやり、見せますか? それに芝居も下手くそ過ぎて、笑い出しそうになりました。 あの馬鹿、昔から嘘がつけない人だから」 「そうだね…。 悠真は嘘がつけないもんな」 如月は呟くように言うと、次の瞬間、にっこり笑った。 「でもそれが悠真の望みなら、叶えてやってくれよ。 ミナミ、ミナミや五十嵐さんの手元にある、俺の画像やメールを全部消して。 俺は悠真の画像は持って無いけど、俺も悠真のメールも自分のラインの履歴も全部消す。 ミナミも俺の画像やメールだけじゃ無く、ミナミのラインの履歴も消して。 グループラインもやめよう」 「玲那ちゃん…」 「ラインはこれからもするだろうけど、既読になったら直ぐにお互いトークを消そう。 それから…」 如月は笑顔のまま、瞳に涙を浮かべた。 「俺、これからも悠真にメールすると思う。 それも転送したら削除して」 「玲那ちゃん…」 南野はテーブルに置かれた如月の手を握った。 「今、話さなきゃならないことがあります。 何故、藤倉さんが玲那ちゃんから離れたのか、何故、玲那ちゃんを避けるのか…ヒントになると思います。 藤倉さんは過去に…」 如月は明るく「ストップ!」と言うと、南野に掴まれた手から、自分の手をスッと離した。 「悠真とメールで約束したんだ。 悠真からは返事が来ないから、一方的だけど」 「約束…?」 「ミナミもメールを転送してくれた時、読んだだろ? 俺は悠真から、悠真の事情を話してくれるのを待つって。 俺は悠真のことは、悠真の口から聞くまで、誰が何を言っても信じない。 例え、それがミナミでも。 悠真を信じてるよ。 相手を信じてない恋人なんていないだろ?」 如月が席を立って、南野に背を向ける。 南野はその背中に言った。 「馬鹿げた芝居を必死にしながらも、それでも藤倉さんは、玲那ちゃんを世界で一番嫌いじゃ無くなったとだけは言いませんでした」
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