【50】過去

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【50】過去

「俺とアイツは4才違いです。 うちは両親が中華料理屋をやっていて、そこそこ繁盛してました。 家族も仲が良くて、祖父母とも仲良しで…幸せでしたよ、とても。 俺が中学生の時、店を拡張する話が持ち上がった。 両親はそんな気は無かったけど、親父の友達の一人が、このままじゃ勿体ないと親父に吹き込んで、親父もお袋もその気になった。 その友達の男は、今まで取引していた銀行より、遥かに低金利で融資してくれる金融機関まで紹介してくれた。 両親はそこから融資をして貰って、店の拡張工事を始めた。 そして新しい店が完成した。 それからですよ、地獄が始まったのは」 「地獄…?」 如月が呟く。 「その金融機関はね、闇金業者と同類だった。 バックにヤクザが付いてたんです。 勿論、その親父の友達ともグルだった。 人の良い両親はまんまと騙されたんです。 狙いは店と店の土地と自宅の土地、ついでに家。 あなた、お仕事は何ですか?」 「財務省に勤めています」 拓真はフフッと薄く笑った。 「じゃあ知らないでしょうね。 闇金の取り立てがどんなに酷いものか。 どんなに凄まじいか。 昼夜問わずの取り立ての催促なんて当たり前。 店にやって来て、両親に罵声を浴びせながら催促するのも当たり前。 俺達兄弟を脅すのも当たり前。 その度にこちらが警察を呼ぶのも計算済み。 お客さんも怖がって、一気に客足は遠のいた。 近所の人達も関わり合いになりたく無かったんでしょうね、近所付き合いも無くなった。 それでも両親は必死に返済してましたよ。 でも利息を支払うのが精一杯。 元金は減らない。 僅かな貯金も瞬く間に消えた。 返済期限は迫る。 そんな時です。 アイツが闇金業者に声を掛けられたのは」 「アイツって…悠真ですか?」 拓真は頷いた。 「そうです。 闇金の社長に言われたんです。 取り立て屋の一人を、家の包丁で刺せって。 そうしたら借金をチャラにしてやるからって。 その取り立て屋は、どうもヤクザの組で何かしでかしていたらしい。 両親が取り立て屋に脅されてる時に、刺せって。 取り立て屋の恐怖から両親を庇って刺せば、正当防衛が成り立つからと言われて。 その時、アイツは高3の18才。 情状酌量もされるだろう、罪も大きくならないだろうって」 「…まさか悠真は…」 如月の顔色が変わる。 「アイツはやりましたよ。 高校の卒業式の一週間後。 でもね」 拓真は言葉を切ると、ゆっくりと続けた。 「刺せばいいだけなのに、アイツはその取り立て屋を殺してしまったんです。 何度も何度も刺して。 事情を知らなかった両親は、直ぐに110番して警察を呼びました。 当然アイツはその場で逮捕された。 俺もその時は何が何だか分からなかった。 それから何故か、ピタッと取り立てが止んだ。 それだけじゃない。 返済期限も伸ばして良いと闇金が言って来た。 そしてアイツは逮捕され、裁判に掛けられた。 確かに情状酌量は認められた。 だけど正当防衛じゃない、明確な殺意があったということになった。 なんせ相手が死ぬまで刺し続けたんだ。 それで懲役2年の判決が出て、川越の少年刑務所に送られた。 そしたら闇金が借金を無かったことにしてくれた。 そこで両親はおかしいと思って、アイツを問いただした。 アイツは闇金に取り立て屋を刺せば、借金を無くしてくれることになっていたと話しました。 そこで俺達家族は初めて真実を知った。 両親は真実を知って、どうにかアイツを刑務所から出せないかと、親類に相談した。 親身になってくれる親類もいましたよ。 でも闇金なんかに引っ掛かったのは自業自得なのに、息子を犯罪者にしてまで、店や土地を守りたかったのかと言い出す人が殆どだった。 最初から計画を知っていたんだろうとね。 店や土地なんか手放していれば、アイツの将来を潰すことにはならなかったとね。 息子を犠牲にして、店や土地を守った金の亡者。 両親はそうレッテルを張られました。 それにアイツがただ刺しただけでなく、殺すまで刺したこと。 そこまでアイツが悩んでいたのかと、両親は自分達を責めました。 責めて責めて…ノイローゼのようになって…ある日店で首を吊って自殺しました。 第一発見者は俺です。 俺は救急車を呼ぶと、店のテーブルに乗って両親を降ろそうとした。 でも、ロープは何とか外せたけど、親父の身体を支えきれなくて…親父の遺体を抱いたまま、テーブルから落下した…」 拓真の瞳から涙が一筋、頬を伝う。 「遺体ってね…重たいんですよ。 あの重み、一生忘れられません。 親父の身体はまだ暖かかった…その温もりも。 俺はその時、落下した衝撃で左足の股関節に傷を負った。 もう普通には歩けません。 店のカウンターに『悠真、ごめんね。許して下さい』という走り書きの遺書と、店や自宅の土地建物の登記簿なんかが置かれてました。 アイツは遺産の相続を放棄しました。 当然です。 それで俺が遺産を全て相続することになりましたが、手は付けていません」 「でも…でも…」 如月は絞り出すように言った。 「悠真はご両親の為を思って…」 「アイツが殺しさえしなかったら!」 拓真が絶叫する。 「殺しさえしなかったら…ただ刺しただけなら、親父だってお袋だってあんなに追い詰められることは無かった! 死ぬことだって無かったんだ! アイツは人殺しだ! 取り立て屋を殺しただけじゃない、親父やお袋まで殺したんだ! あんたに何が分かる!? 両親が目の前で天井からぶら下がって死んでたんだよ! 天井から…天井から…」 拓真が畳を拳で叩きながら、泣く。 毬村がそっとその背中を抱く。 「如月さん、すみません。 俺が浅はかでした。 今日はもう帰って貰えますか?」 如月は毬村に向かって頷くと、黙って拓真の部屋を出た。 如月は蒲田駅に着くと、南野のスマホに電話を掛けた。 だが、電話は直ぐに留守番電話に切り替わった。 如月は『何時でもいいから電話を下さい』とメッセージを残した。 それから朝比奈に電話を掛けた。 朝比奈は数コールで電話に出た。 『玲那?どうした?ドライブ楽しんでる?』 「修くん…」 『俺は格闘技! しごいてやろうと思ったら、逆に師匠に…』 「修くん。 俺が夏休みに公園で砂の城を作ってる時、引っ越した後の悠真に会った、悠真のことで話があるって言ったよね?」 『…ああ』 「今、悠真の弟さんに会って来た。 修くんの話っていうのは、悠真が18才の時殺人を犯して、刑務所に入っていたっていう話?」 『そうだ…。 証拠もある。 それから今の仕事先も』 「仕事先なんかどうでもいい。 修くんの話を確かめたかっただけ。 じゃあ稽古の邪魔してごめんね」 『玲那! もう分かっただろ!? 藤倉には関わるな!』 「修くん、またね。 ありがとう」 『玲那!』 如月は通話を切った。 それから何度か朝比奈から如月のスマホに電話があったが、如月は出なかった。 午前1時を廻った頃、南野から電話があって、如月は直ぐに出た。 『玲那ちゃん?起きてる? ごめんね、こんな遅くに。 今日は朝からついさっきまで、仕事で。 スマホも持ち込めない、セキュリティが厳重な所で…たまにあるんですけど、参っちゃいますよ~』 「俺こそごめん。疲れてるのに」 『平気、平気。 それよりどうかしたんですか?』 「今日ね、悠真を訪ねて来た毬村さんに偶然会って、悠真の弟さんに会って来た」 『えっ…』 「悠真が過去に何をしたか聞いたよ。 殺人で少年刑務所に入ってたんだな。 修くんにも確認した」 『……』 「でもね」 如月は力強く言った。 「悠真は取り立て屋を刺すだけで良かった。 それなのに相手が死ぬまで刺した。 俺は、悠真がそんなことをするからには、何か理由があったと思う。 悠真はいくら激情にかられたからといって、そんなことをする人間じゃない」 『玲那ちゃん…』 南野の声が震える。 「でも悠真は裁判でも、ご両親にさえ、そのことを言わなかった。 きっと言えなかったんだ。 言えない理由があったんだ」 南野のすすり泣きが、如月の耳に響く。 「悠真を信じてるよ。 悠真のせいでご両親は自殺した。 弟さんも足が不自由になった。 それでも悠真が好きだよ。 人でなしって言われてもいいよ。 俺は悠真が好きだ。 信じてる」 『玲那ちゃん…』 南野が泣きながら、言う。 『そうです。 藤倉さんには裁判でも言えない理由があった。 おじさんやおばさんにも…。 聞いてくれますか?』 「勿論聞くよ。 いえ、聞かせて下さい」 如月はスマホを握る手に力を込めた。
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