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母はエプロンのポケットから割箸を取り出して、ぱちんと割る。その片方を使って、綿あめを作るみたいにぐるぐる靄を巻き取った。自分の頭より大きい綿あめを作ると、はいと私に差し出した。
「ほら、食べてごらん」
鼻先に突きつけられた綿あめは、灰色であんまり美味しそうじゃない。私が固まっていると、母は「あ、そうか。あなたはこっちの方が好きだったっけ」と、綿あめをぎゅっと握って小さく纏めて、両手で丸い形に成型した。そして両手でふんわり包み、ぱっと手を開く。
そこには幼い頃の私が大好きだった、ふわふわの丸いパンが乗っかっていた。
びっくりしている私に向かって、母はにっこり笑う。
「忘れたの?私は魔法使いなの」
ぽんとどこからか、バスケットが出てくる。母は辺りの靄をちぎっては丸め、その両手から、次々とパンが生み出される。母は出来上がったパンを籠の中に収めた。あっという間に籠はいっぱいになった。
「ここにある雲みたいなものは、全部あなたが貯めたもの。あなたが魔法を使わずに頑張って貯めた、強い強い願いの力よ。──あの時、魔法を使ってあげられなくてごめんね。あなたが悲しむのはわかってたんだけど、使う訳にはいかなかったの。私はあなたの為の魔法使いだから。でも、それでも一生懸命生きてくれたあなたのおかげで、私は大きな魔法を使える。あと一回きりの、とびっきり大きな魔法よ」
母は優しく私の頭を撫でて、籠の中からひとつ、パンを取って差し出した。
「今日までよく頑張ったね。でも、まだまだ休むには早いわ。これを食べて元気が出たら、戻りなさい」
じわじわと、あたたかな塊が胸に迫り上がってくる。
「…ありがとう」
母の手からパンを受け取って、両手で持って、あーんと大きく口を開けた。子供の頃、そうしていたのと同じように。
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