向日葵のような君へ

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向日葵のような君へ

 校庭の花壇に咲く、太陽の日差しをくまなく浴びている向日葵たちが光の方へ顔を向けている。ひとつひとつの向日葵たちは陽の光をいっぱい浴びようとして上を向く。 「小波(こなみ)」 「ん?」 「世界で一番大好き」  水瀬彗(みなせ すい)は私の唇に優しく触れた。 「小波、顔赤い」 「彗がそうさせたんでしょ」 「俺、何したっけ?」  意地悪な言葉に反比例するような、彗の笑顔。  そんな顔で誘導尋問しないでほしい。  言えないのわかってて言ってる絶対。 「世界で一番大好きだし、キスしたいし」  嬉しくて顔が真っ赤になってる私をさらに煽る。 「またしよっか。というかしたい」  彼は平気な顔で言う。  彗の大きな手がこちらへ伸び、ぷいっと膨れる私の頬を触る。 「誰か来るよ、下校時間だし」 「小波はしたくないの?」 「……したい」  背丈のある向日葵で隠れているとはいえ、大胆すぎるよ、彗。  でもそんな仕草が私は好き。  口数の少ない彼が話す言葉ひとつひとつも好き。それは彼が向日葵に向ける優しさと似ているから。 「こっちは誰もこないよ。来たら開き直る」  彼の口元がいたずらに微笑む。 「えー、先生だったら?」 「すいませんって謝る」 「素直じゃん」 「帰る前にもっかい水やりして行こうぜ」  向日葵に嫉妬しちゃうけど、それも彗の優しさ。  水やりは私達、美化委員の仕事だから毎日花壇を綺麗にしている。でも彗は、与えられた仕事としてじゃなくて心からこの向日葵に愛情を注いでいた。 「ねえ、彗。さっきの嬉しかったからまた聞きたい」 「恥ずいからもう言わね」 「世界で一番?」 「ん」 「大好き?」 「ん」 「彗。『ん』じゃなくて、もう一回言ってほしいなあ」  隣でそっぽを向き恥ずかしがる彼。  あまりおねだりをしない私。でも、もう一度その言葉が欲しいと無性に思った。  ごにょごにょと恥ずかしそうに彗は呟いてくれた。     「向日葵、小波の身長よりも高くなってきたな」  彗はうんと背丈のある向日葵に沿うように手を空へ伸ばした。 「高三にして、とうとう越されちゃいましたー」 「小波は小さくて可愛いよ」  彗にキスをされ余韻を残したままの私は、まだほんのりと頬を染める。  私より30センチ以上も背が高い彼の眼差しが向日葵から零れ落ちる光と重なる。  細くて長いしなやかな指が、私の長い黒髪をすくうように撫でている。  彼のスキンシップは言葉の代わりとなって私の中へ自然に馴染む。彗の素直な言葉と、まだ指で髪を撫でる感触とが重なって、彗を想う恋の気持ちは止まることを知らずに加速していく。   「もうすぐ夏休みだね」 「で、もうすぐ小波の18歳の誕生日でもあるよな」 「一緒に迎える誕生日って何か特別感あるね」  自分の誕生日の一週間先が彗の誕生日という記念日続き。 「誕生日、一緒にお祝いしよっか」  私に顔を近づけるように覗き込む彗を当然のように意識する。 「それいいかも、そうしたい!」 「そうだ、これ家に帰ってから読んで」  白地にレース柄のエンボス封筒を渡された。 「すごく可愛いね。帰るまで待ちきれるかな」 「帰りながら見たら俯くし、危ないからだめ」 「はーい」 「素直じゃん」 「えっへへー、彗よりもね!」  大きくて大好きな彗の手が私の手に絡みつき、いつまでもこの感触が続けばいいのにと思った。  ──しかし水瀬彗(みなせ すい)は、私と別れた帰り道、前触れもなくこの世から旅立った。  私はその頃部屋で、彗から貰った白地にレース柄のエンボス封筒を眺めていた。中から数枚の便箋を取り出す。向日葵のような君へと書かれていた。  朴訥(ぼくとつ)で口下手な彼からのラブレターだった。              
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