嫉妬

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嫉妬

「お疲れ様です」と挨拶を交わしてから厨房を出た私は更衣室に向かう。着ていた制服をクリーニング室に出して職場を後にした。  同期の雪夜くんとBlue Rose Coffee(ブルー ローズ コーヒー)で待ち合わせをしている。30分遅れでやってくる彼を待つ間、温かいカフェオレを注文して席につ。座り心地のいいソファに疲れた体を預ける。   (雪夜くんの話ってなんだろうな)    なんとなく天井を仰いでみると間接照明が等間隔にあった。薄暗い雰囲気でお洒落だけど、橙色の灯りが夕方の雰囲気とリンクしていてなんだか物悲しい気持ちになる。雪夜くんから『君のことが好きだよ』と告白されたことを思い出す。それほど前の話でもない。 「小波ちゃん」 「お疲れ様」 「小波ちゃんも、お疲れ」 「それで話って何?」  早く知りたくて唐突に聞いた。   雪夜くんは、湯気が立ちこめるミルクコーヒーの入ったカップを焦れったくテーブルに置いた。コーヒーとミルクの割合が半々で、甘めなものを欲したときは私もよく注文をする。 「真夏ちゃんから星矢先輩に振られたって聞いたんだけど、その話聞いた?」 「それは真夏から聞いてる」 「じゃあ星矢先輩に好きな人がいるってことも?」 「うん、それも聞いたよ」  雪夜くんのこじんまりとした口から呆れたような溜息が漏れた。    ──気がした。 「小波ちゃん。君、星矢先輩の気持ち本当にわかんないのかよっ」  彼の表情が変わった。気のせいじゃなかった。ひどく低い声のトーンで言う。  そんな雪夜くんの態度に戸惑って、飲もうとして持ち上げたカップを一旦置いた。  意思は決して曲げないというふうな強い口調と視線で、私を丸裸にするように心の中を読んでくる。  無意識にカップを持ち上げてカフェオレを口にしたけど、温かい液体が喉を通過していくだけで味がわからなかった。刺さるような視線から何とか逸らしたけど逃げ場はない。  息って吐くんだっけ……吸うんだっけ……どっちからするんだっけ──合わさる唇は渇いて、糊みたいに張り付いて離れなかった。  雪夜くんの言う通りだ。何となく気づいていた。私に対する言葉、仕草、視線。星矢先輩が私を特別に見ているかもしれないということを。  沈黙は続く。  客の話し声や接客する店員の声、フォークがお皿にカチャンとあたる金属音がたまに聞こえてくるだけで、店内に響き渡るボリューム小さめなクラシックミュージックは耳に入ってこない。代わりに自分の荒くなった呼吸だけがクリアに聞こえてきた。  雪夜くんが私に投げかけた問い。 『君、星矢先輩の気持ち本当にわかんないのかよっ』  星矢先輩が真夏の告白を受け入れなかったこと。先輩から今日、好きな人はいるのかと尋ねてきたこと。雪夜くんの言う通り──私は先輩からの好意のサインに薄々気づいていたんだ。それをなかったことにして、あっさりと片づけて終わらせた。まるで塵をほうきでサッと掻き集めるみたいに。  だから雪夜くんは今、尋ねている。 『星矢先輩は小波ちゃんのことが好きなんだよ。まさか気づいてないとか?』と言いたげな鋭い視線が、ストレートに言われなくても突き刺さった。自分の軽はずみな言動できっと先輩は深く傷ついている。  私、馬鹿だ。自分のことばかりで。自分を守りたいばかりで。  恋することに臆病だからと理由をつけて逃げてばかり。真夏のことも雪夜くんのことも言葉を濁して答えを出さないまま時が過ぎていくのを待とうとしている。  彼らの中で何も始まってもいないし、何も終わってもいない不完全燃焼のままなのに、私が曖昧な言葉で誤魔化すから誰も前に進めないでいるんだ。 
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