大好きだから伝える

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大好きだから伝える

「小波ちゃんはズルいよ」  と言い放ったあと、温かいミルクコーヒーをすする。  適切すぎる言葉に何も言い返せない。  再び訪れる沈黙。雪夜くんは「やっぱ何かごめん」と謝り、沈黙を破った。   「意外に思うかもしれないけど。僕、人とコミュニケーション取るの、あまり得意じゃなくてさ。そんな風に見えないってよく言われるけどね」 「そー……だったんだ。ごめん、そんな風には見えない」 「だよね」 人懐っこくて、誰とでも楽しそうに話す彼の姿しか思い浮かばない。 「ここに入社して小波ちゃんと真夏ちゃんと仲良くなってさ、何か自分が変われる気がしたんだよね。や、違うな、一生懸命頑張る二人を見てたら変わりたいって思った、が正しい……よければ退屈かもだけどちょっとだけ僕の話聞いてほしい」 「聞きたい。聞かせてよ雪夜くん」  彼は口角を上げて頷いた。 「中学になった途端に感じたことなんだけどね。輪の中にいても自分だけ蚊帳の外にいるみたいな孤立感はあったな。何か浮いてる感じ。自分が勝手にそう思い込んでただけかもしれないんだけどね」  と青春時代を振り返る雪夜くん。 「僕、どうしたと思う?」  いきなりの質問に私が考え込んでいると、 「人に合わせただけ。感情抜きで合わせるだけなら簡単でしょ」と彼はあっさり言う。 「なるほど……」  それは過去の私にもあてはまると思った。今の彼があるのは、彼なりに頑張ってきたからだと思うと胸の奥をぎゅっと鷲掴みにされたようになる。 「孤独が寂しかったんだと思う。寂しさを紛らわすために自分から彼らに混ざって合わせた。平面上の友達関係はうまくいったよ。大成功。その代わり精神的に追い込まれて辛かったけど」  いつもはしっとり癒し系の雪夜くん。彼の知らない一面を垣間見る。 「僕、自分を出さないまま人と接してきたから。本心隠して付き合ったって本当の親友になれないのはわかってたけど、高校卒業するまで結局自分を出せなかったな……藤間雪夜なんだけど別の人物を作り上げて中身は逃げてばかりの弱い人間だったっていうさ。だから小波ちゃん見てたら過去の自分とダブって見えてついつい」  自分偉そうに呆れるわ、と雪夜くんは眉をひそめる。 「僕の本心知って幻滅したよな?」  「でも全部雪夜くんでしょう。別に幻滅しないよ」  寧ろ見えない部分を話してくれて嬉しいと思った。 「心配もお節介も承知で、君を好きだから言うんだよ」  君を好きだから、と彼はもう一度向き合おうとしている。 「それは僕の本心だから」  こんなときなのに、真剣な眼差しで私を見る瞳はやっぱり愛らしくて、彼のチャームポイントだと思った。前に告白されたとき雪夜くんからの好意も軽く流した私。本当の大馬鹿者はこの私だ。  星矢先輩だけじゃなくて、真夏や雪夜くんにもちゃんと向き合おうとしていない。こうしてぶつかってくる雪夜くんはちっとも弱い人間なんて思わない。痛みがわかるからこそ強くて優しくなれるんだ。  ほどよく冷めたカップを傾けると、まあまあ空っぽになった底が見える。仕事上マニキュアは塗れないけど手のお手入れだけは怠らない拘りがあった。こんなときなのに、カップを握る指先に目がいく。少しだけ残っていたカフェオレに意識を集中させた。 「僕もいい加減変わらないとって思ったから小波ちゃんに好きだって伝えた。正直自分をさらけ出したの、小波ちゃんが初めてかもしれない」 「……うん」  「好きな人には素の自分を知ってほしいって思わない?」 「思うよ」 「僕は小波ちゃんのこと親友だと思ってる」 「わたしだって──」 「だから真夏ちゃんや星矢先輩とちゃんと向き合ってほしい」  ごめん、ごめんなさい。  そこまで言わせてごめん。  本当にごめん、雪夜くん。 「ついででいいから僕とも向き合ってよ」  勇気を出した雪夜くんのために。涙が頬へ落ちないよう瞳の膜に留め、前を向く。 「雪夜くんの言う通りだよ。ずっと逃げてればどうにかなると思ってた。確かにズルいと思う。雪夜くんのことも曖昧にしてごめん」  雪夜くんは「うん」と返事をする。 「私ね、七年前に付き合ってた彼がいて、でも亡くなったの。まだ彼のこと好きなんだ。それと最近気になる人もいて。複雑なんだけど現在進行形で恋してるんだと思う」  まだ、うまくまとまらない気持ちを口にする。 「七年前に彼氏亡くなったの?」 「交通事故で」  雪夜くんは、そんな馬鹿なというふうに肩を落とす。それ以上は深入りしてこなかった。 「えっとそれって好きな人が二人いるって話だよな?」 「そうだね」  驚くのも無理もない。そんな顔してる。 「でもさ、亡くなった彼を今でも好きって時々辛くなったりしない?」 「正直辛い時もあるよ。そうやってずっと引きずってきたから」 「……そりゃあそうだよね。嫌な質問してごめん」 「そうやって何でも言ってくれた方がいい」 「小波ちゃん、それ僕も同感」  と挙手をした。    ──あの日は夏休み目前だった。校庭の花壇に咲く背丈のある向日葵に隠れて彼と唇を重ねた。それが彗と過ごした最後の日になった。それから私の心の時間は止まったままでいる。大切な人を失った悲しみはいつか生きる糧となる。無理に忘れないで。ただ想うだけでいいから。あちこちで咲く向日葵たちが毎年そう語りかけてくれているようだった。 「彼、夏休み直前に車に轢かれて亡くなったの。自分の前から突然いなくなった。だからどうやったって忘れられなくて。道路に飛び出した子供を助けようとして身代わりになったから──」  瞳には再びじわりと水の膜が溜まり、残り少ないカフェオレが揺れて見えた。雪夜くんは「そんな──……!」と声を荒げる。 「ねえ、もう一人の彼って小波ちゃんの気持ち知ってるの?」  そう、伝えなきゃいけないこの想い。でもまだ恋をすることに臆病な自分がいる。だからと言ってもう決めている、迷わない。 「……まだ伝えてない。でもいずれ伝える」 「ふー、なるほどね。心の中で忘れられない人と現実に好きな人か。難しそうだけど覚悟決めてるんだろ?」 「決めてる」  付き合いの長い雪夜くん。さすが私の気持ちをすばやく読んでくる。 「だから私、雪夜くんの気持ちに答えることができない。あの日は勇気を出して告白してくれてありがとう。大好きって思ってくれて嬉しかった。ほんとにありがとう雪夜くん。返事遅くなってごめんなさい」 「ん、おっけー。ふう──……やっと向き合ってくれた。君も沢山辛い思いしたし頑張ってきたもんな。こうなったら小波ちゃんには絶対幸せになってほしいって思う」 「ありがとう」 「あーあ、二人の彼にはさすがに勝てないなあ、僕」  にやりと微笑む雪夜くんは、頭の後ろで両手を組んだ。 「でも後悔してない。だって後悔したら小波ちゃんや好きな人に失礼じゃん。これからは親友として君の恋を応援するとしよう!」 「ん、えへへ」  雪夜くんがハンカチを渡してくれた。知らない間に涙が流れていたらしい。  彼からどれほど沢山の勇気と愛情を貰ったんだろうか。貴方はいつまでも私の尊敬する人です。貴方の作るお菓子で沢山の人達が笑顔になることでしょう、雪夜くん。
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