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親友の答え
その夜の月明かりは綺麗だった。自分の決心が鈍らないようにスマートフォンを握りしめていた。画面には親友、倉田真夏の文字が薄暗い部屋で浮かび上がる。
『小波お疲れ。何、どしたの?』
落ち着いた彼女の声が聞こえてきた。いつもの彼女に決心が揺らぐ。でも全部話すって決めたんだ。ちゃんと向き合うって決めたんだ。
『真夏、話があるから聞いて』
『うん』
星矢先輩から好意を持たれていること。それを雪夜くんに指摘されたこと。自分は亡くなった彼をまだ好きでいること。そして新しい好きな人のことを淡々と話した。
真夏は、ふう──と重い息を吐く。
『本当言うとね、小波に嫉妬してたんだと思う。悠陽先輩、私のことなんて全く眼中にないんだもん。小波に向ける視線が特別だなあってのは知ってた。私には向けてくれない視線だったから勝手に嫉妬してた』
真夏はとっくに気づいてた。鈍感なのは私だけ。
『この際だから正直に言う。先輩の視線に気づかない小波を妬んだし、小波の鈍さが悔しかった──ごめん』
表情を歪ませて悔しそうな顔をする真夏が見えなくてもわかる。
『……自分でもそう思ってる』
『ねえ小波。悠陽先輩が小波を好きだってこと、とっくに気づいてたんでしょ?』
真夏は私が星矢先輩をどう思ってたのか、確かめたいんだ。でももう言葉を濁したくない。
『……真夏の言う通りだよ。わりとすぐに気づいてたと思う。勿論先輩のことは好き。でも先輩に対する好きは、パティシエとして人として尊敬する星矢先輩でそれ以上の気持ちはない』
彼女はきっと、一言一句漏らさないように聞いているだろう。
『小波はさ、私が悠陽先輩を好きって知ってたから応援してくれたんでしょ?』
そうだと答えた。
『先輩からハッキリ言われたわけじゃないけど──だからって私、気づかないフリしてずっとあしらい続けたんだもん……ズルいって言われても全くその通りだし仕方ないと思う』
お互いスマートフォンを耳元にあてたまま無言が続く。
『私、小波に意地悪なことばっか言うから嫌いになっちゃったよね』
『そんなことない。私も最初から思ってること話せばよかったって後悔してる』
彼女は短く息を吐く。『でも聞いて』と言う真夏の声は、小鳥がさえずるように軽やかだった。
『視点を変えたら不思議なもんで悔しさがなくなったの』
『視点?』
『そう。小波にとって悠陽先輩はパティシエとして尊敬する憧れの人。私にとっての悠陽先輩は男性として好きな人。視点が違えば当然想い方も違うしね。それがわかって納得できたら力がすうって抜けたってわけ』
真夏は、私の欲しかった答えをさらりと言ってのける。
『あの日ほんとうは、区切りをつけるために悠陽先輩に告白したの。ふられるのわかっててね。先輩と過ごした時間は私の宝物になったから、それでいい。だからもういいの』
真夏は本気の恋だった。ちゃんと好きになって恋をしていた。改めていかに自分が投げやりだったかと思い知る。瞼の奥がじんと熱くなる。
『どうせ雪夜くんからキツイこと言われたんでしょう。彼、可愛い顔して容赦ないとこあるからねえ』
『それはまあ……』
『私が雪夜くんに話したから色々こじれちゃってるんだよね。嫌な思いさせてごめん』
『ううん、私も色々鈍くてごめん』
『私達こうやってちゃんと向き合わないといけなかったんだと思う。親友だからこそね』
そう、親友だからこそなのだ。
『ほんとにそう』
本当は辛くて泣きたいはずなのに。それでも彼女は誰のせいにもしなかった。
『私、星矢先輩に会ってくる。謝りたいし自分の言葉でちゃんと伝えるから』
『小波が決めたことなら行ってきなよ』
『うん、行ってくる!』
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