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自分だけの一番星を目指して
翌日、部屋の明るさで目を覚ました。彗くんから届いた新着ラインを読む。
『小波さん、おはようございます。昨夜はお祝いの言葉ありがとうございました』
返事は後程と思いながら起きてカーテンをひく。寝ぼけ眼に朝日は眩しい。
泣きはらした酷い顔も一晩寝たら、それほど気にならなくなっていた。一通りのルーティーンを終えて部屋へ戻って残りの時間でメイクと髪を整える。出勤前、改めて彗くんにラインを送る。
『彗くん、おはよう。卒業おめでとう』
『小波さん、ありがとうございます。今日、仕事終わってから時間ありますか?』
『うん、特に予定はないです』
『今日絶対に会いたいんですよ』
『絶対ですか、圧が強い(笑) 』
『はい絶対です(笑)小波さんとお祝いしたいので。無理言ってすみません』
『そうだね、私もそう思ってたから』
『よかった、ありがとうございます』
『15時終了だから、彗くんがよければ東急ホテル向かいのBlue Rose Coffeeで16時はどうかな?』
『了解です。出勤前にすみません、仕事頑張って下さい!』
いってきます、と玄関を出る。朝の空気はまだ冷たいけど街の風景は春になっていた。お気に入りのベージュ色のパンプスで、乾いたアスファルトに軽快な春の音を鳴らす。
最近は仕事終わりの予定を考えるだけで楽しくなってる自分がいた。そう、クリスマスまであと何日かなと指折り数えて待つ子供のように待ち遠しくなっていた。
製菓専門学校を卒業した彗くんと何か美味しいものでも食べに行こうかと考える。雰囲気のいいレストランにしようか、それとも行きつけの焼き鳥屋さんなんて意外性があっていいかもしれない。あっと驚かせたいな。
聳え立つホテル脇の細い通路を歩き、従業員専用入り口を開けた。
「奏先輩、おはようございます。今日の私服、めちゃいいですね」
「おはよう。ありがとう」
乗り込んだエレベーターで後輩から私服を褒めてもらい「よし!」と心の中でガッツポーズをした。後輩男子にそう言われたら、今日のコーディネートは優勝でしょう。14階についた。
「パティスリー部門です」とクリーニング室で真新しい制服一色を受け取って更衣室で着替える。コック帽を被ると気持ちまでしゃんとするように、意識は自然とパティシエに切り替わっていく。
「おはよう、小波ちゃん」
ミーティングルームへ向かう途中、星矢先輩と会う。
「おはようございます」
職場に向かう廊下を並んで歩く。
「今日からスイーツビュッフェが始まるし忙しくなるな」
「ですね。頑張ります」
昨日の今日だから。先輩の顔を見ると落ち着かないけど、いつも通りに接してくれる先輩には感謝という言葉しか浮かんでこない。
「今日は自分の仕事で手一杯になるなあ」
「お疲れ様です。頑張ってください」
今日、星矢先輩の闘うべき戦場は舞台裏ではなく、お客様のいるビュッフェ会場だ。先輩は他のシェフと共にカウンターデザートを任されていた。
お客様の目の前で渾身のスイーツを作り上げていく様は臨場感たっぷりで、まさに主役級の仕事といえる。カウンターデザートを作るシェフは間違いなく一番星だと思う。
会場中央に設置された専用キッチンで作る今日のスイーツはクレープだと聞いている。平らなお皿に薄く焼いたクレープを折りたたんで乗せ、季節のフルーツやアイスクリーム、生クリームにフルーツソースなどでキャンパスに絵を描くように盛り付けていく。その皿盛りをアシェットデセールという。アシェットはフランス語でお皿、デセールはデザートの意味になる。
テイクアウトのスイーツでは味わえない触感、温度、香りをライブ形式で楽しめるのはカウンターデザートならではで、パティシエは圧倒的な技術力と発想力が鍵となる。星矢先輩は、その下準備にかかりきりになるだろうと想像もつく。
「よって小波ちゃん、後輩達の指導任せたよ」
「はい、任されました」
任される緊張感は何度経験しても慣れないもの。責任は重くなるけどやりがいもある。諸先輩方、星矢先輩から教わったこと、自分が吸収して得た知識は沢山あって、それを後輩達に伝えるために自分らしく指導していこうと思う。
『小波ちゃんらしい指導でいいんだよ』
ふと立ち止まっては星矢先輩からもらったその言葉を思い返している。記憶の片隅に走り書きしてある。
「最近の小波ちゃんは肩の力も抜けてきたし余裕もできてカッコいいと思う」
「今日は凄く褒めますね」
「あれ、いつも褒めてるんだけどなー」
「えへへ、はい、ありがとうございます」
「おっとやばい、相方に怒られるわ。行ってくるな」
「お疲れ様です、行ってらっしゃい」
私よりもうんとカッコいい先輩の背中を見送った。
──彗。空にいるなら聞いていてね。
私、ちょっとは成長できてるかな。そう言えば『小波の夢も俺の夢だから』って言ってくれたことあったよね。私、今を精一杯生きるからね。
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