Blue Rose Coffeeを出たあとも

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Blue Rose Coffeeを出たあとも

(彗くん、ごめんなさーい!)    早歩きから徐々に速度を上げた。大通りを挟んだ向かい側の、少し歩いた先にあるカフェが待ち合わせ場所になっている。  片側四車線の道路は交通量も多くて信号は赤。横断歩道の前で立ち止まってパンプスのかかとを浮かせる。咄嗟にイヤリングが落ちてないか、指先で確認した。  青に変わった途端、逸る気持ちを抑えつつ走る。店内に入ると、一番奥の隅に座る彼を見つけた。 「彗くん、待たせちゃってごめんなさいっ」  ひとまず瑠璃(るり)ちゃんの件は頃合いを見て話そうと思った。  待ち合わせ場所のBlue Rose Coffee(ブルー ローズ コーヒー)がいくら勤務先ホテルの近くにあるとはいえ、遅刻をするなんてルーズ過ぎたと頭を下げた。 「小波さん、頭上げて下さい。俺もさっき来たばかりなんで!」 「そうなんだ(優しい)」  バニラアイスを追加したアイスカフェオレをテーブルに置いて隣に座った。乱れた呼吸を静かに整える。 「息、めっちゃ上がってるけど走ってきたんですか?」  どうやらお見通しのようで。 「そう……彗くん待ってると思ったから」 「嬉しいですけど、小波さんパンプスだしヒール高いし危ないから次からは走らないでください」 「はい、ごめんなさい」 「いやすいません生意気言いました。小波さんは別に敬語じゃなくてもいいですよ。というか俺、ちょっともう余裕ないっすね」  ちょっと私、意地悪してる。君があまりにも可愛いから。余裕なんてものは私もありませんから。    「今から俺と一緒に来てほしいところがありまして──」 「それは大丈夫だよ。実は私も彗くんの卒業祝いに夜ご飯でも一緒に食べようかなって思ってて」 「マジすか。ちなみにどこ行く予定でした?」 「よく行く焼き鳥屋さんとかね」 「焼き鳥いいっすね。しかも行きつけの」  「でもそれはまた次回にしようかなと思います。今日は彗くんのお誘いに乗ります」 「すみません、そうしてもらえると嬉しいです。なら焼き鳥屋さんは次回行きましょう」 「うん」  少し残しておいたアイスクリームをカフェオレに溶かした。 「俺、普段はアルコール飲まないんですけどお酒わりと強いです。甘いもの食べながら一緒に飲んでも平気です」 「そうなんだ、私の父と同じだ」  驚いた、お酒の嗜好が父と一緒だったなんて。ある日晩酌しようとした父。さて、つまみがない。何を食べようか。でもケーキはある。何のためらいもなくケーキを食べながら熱燗を飲む父を見て、子供ながらに凄いなと思っていた記憶を思い起こす。 「お父さん、お酒強そうっすね。だから小波さんも強そう」 「私はすぐ酔っちゃうし記憶飛ぶみたいなんで、あんまり飲みすぎないようにしてます」  彼は「それは怖いから飲みすぎちゃだめです」と笑う。本当にそう思います。気を付けます。 「でも小波さんと焼き鳥って何か意外な組み合わせだなーって思いました」 「私、居酒屋系とかよく行くよ。庶民的な」 「もっとお洒落なレストランってイメージがあって。ああ、こんな偏見よくないっすね」 「全然いいよ、彗くん。こう見えてラーメンも焼き肉も大好きなんだからね。そのお店の焼き鳥美味しいんだよ」 「へえ、俺も好きです。じゃあ焼き鳥屋の次はラーメン。で、次は焼き肉行きましょう」 「うん、楽しみ」  ほんとうに楽しみ。彼はニットを捲り、腕時計を見る。 「小波さん、そろそろ行きましょう」  彼の後に続いてカフェを出る。まだ寒さの残る3月中旬だけど、今日の空気は春のようにぽかぽかと暖かい。緩やかな風が春を感じさせる。もう春は近いと思った。 「今日の服、めっちゃいいっすね」 「ありがとう」  並んで歩く彼を見上げる。 「そのニットの色、春がきたーって感じ」 「色に一目惚れして珍しく衝動買いしちゃって」 「俺、服好きだし衝動買い、わかります」  もう一度、彼を見上げる。耳元が熱を帯びているよう。その照れっぷりも慌てっぷりも彼の魅力をもっと膨らませる。つられて私まで伝染して頬が熱くなってくる。今、二度目の青春してるのかもね。もしかしてこれもからのギフトなのかもしれない。  気持ちのいい青空の下、彗くんと同じ歩調で歩いた。じゃなくて歩くのが遅い私に合わせてくれていた。彼の優しい視線を感じて顔がより熱い。暖かな気候のせいにしたいくらい。   「前から思ってたんだけど服のセンス抜群にいいよね」 「ほんとですか! やった、嬉しいです。小波さんこそ自分に合う服よくわかってるから凄いですよ。綺麗めでフェミニンな服が似合ってるんで」  ファッションに無頓着だった専門学校時代の私を見たら彗くん、きっと引くから。 「そんなそんな! 私、服選びにいつも困ってる方だから」 「そういうことなら、いつか服一緒に見に行きましょう。センスは置いといて、俺、服選んだりするの好きなんで」  それは願ってもない案件と思い「ぜひお願いします」と熱い視線を送ると、彼は「りょーかいです」と軽快に承諾する。取引は無事に成立したのである。 「ほんとそのニットよく似合ってます、可愛い。あー、服だけじゃなくて全部可愛いって意味ですっ」 「さすがに照れるけど、ありがとう」 (ストレート過ぎる!) 「すみません! 可愛いとか連呼したら困りますよね、さすがに。俺、言いたいことつい言っちゃってっ」 「ううん。そういうのいいよね、憧れる。私は言いたいことなかなか言えないままだから」  パンプスのつま先に視線を落とす。  「俺は小波さんのこと、めっちゃ尊敬してます。俺の方が憧れてます」 「ほんと、彗くんはストレートな所がいいよね。そういうとこ、すき」 「小波さんも、わりとストレートっすから」 「あっ」  初々しい高校生カップルのようなやり取りに苦笑する。色々と話は尽きない。ふと景色の方へ意識を向ければ、彼のアルバイト先の近くまで来ていた。 「小波さん、着きました」  去年の12月24日のクリスマスイブのこと。色鮮やかなクリスマスカラーに包まれた賑わいをみせるこの街中で、私は生死を彷徨うほどの大事故に遭った。あの日以来、ここへ来るのは二度目となるカフェprecious。 「本日はお客様ですから。さ、どうぞ」 「え、彗くん?」  戸惑う私の肩をそっと抱き、扉を開けた彼は中へエスコートする。    
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