ふたりきりのランデブー

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ふたりきりのランデブー

「小波さん、少し時間ください」  彼はそう言って立ち上がると花瓶からホワイトローズを何本か手に取る。困ったことに、ここからでは彼の手元は見えない。 「お待たせです、どうぞ」 「ありがとう、ええっ可愛い!」   (フラワーアレンジメントとかもできちゃうんだ!) 「ありがとうございます」  手際よく茎の処理をすませてからラッピングをして、ミニブーケに仕上げていた。 「彗くん、こんな特技もあったなんてすごいよ」 「こういうの好きなんです」と女子力高めなイマドキ男子に尊敬の念を抱く。ブーケはカスミソウと一緒に纏められていた。まさにフラワーマジックなり。 「今から花のうんちく語ります」 「どうぞ」  ふふ、楽しい。 「このバラはですね、尊敬や親しみっていう意味があります。俺は小波さんをすごく尊敬してます。だから今日は花をホワイトローズにしてみました」  急にソワソワと落ち着かなくなった彼は、ガーデニングが施されている窓の外へ視線を投げた。 「緊張エグい……」 「彗くん、思ったこと話してください」  握りこぶしを作り控えめにガッツポーズを送ると、私の妙なポーズに安心したのか「うっす」と返事が返ってきた。モデル男子でもスイーツ男子でも園芸男子でもなくって体育会系男子かしらね。 「小波さんに初めて会ったとき、実は俺、一目惚れでした。それからはもうずっと……」 「え……あ……」  好意を持たれていると薄々感じてはいた。  「正直それまでは恋愛に疎かったっていうか、彼女欲しいとかあまり思わなかったです。料理とかお菓子作りする変な野郎だったので。小波さんだから隠さずに話してます」 「うん、ありがとう、彗くん」  そんな正直で素直なところが彼の魅力なんだと思う。 「小波さん、仕事にかける熱意がすごくて圧倒されっぱなしで。スイーツ教室のときずっと見惚れてましたもん……って俺、ヤバい視線で見てますね、いやでもほんとに尊敬してますっ」  苦笑いする彼の表情に、まだあどけなさが残る。 「いえいえ、そんなそんな。彗くんが要領よくこなしてくれたから教えることに集中できたし、私の方が見惚れるくらいだったよ」  ありがとうございます、というのがやっとの照れっぷりだ。  一目惚れとか尊敬とか。20歳の男子に素敵ワードで攻められたら25歳、奏小波は全力で浮かれてしまう。 「小波さんの技術は勿論なんですけど心構えや姿勢も勉強になりました。それに東急ホテルのペストリー部門に勤務されてると聞いてマジで尊敬してます」  引き続き熱い眼差しを向けてくる。そんなに見つめられたら、もちません。 「私はともかく、確かに東急は凄い先輩方が多く在籍してるのも事実だよね」  東急ホテルのペストリー部門には、技術面でもトップクラスのパティシエが多数在籍していることで業界では知られている。そんな中、若手として活躍する星矢悠陽先輩や同期の藤間雪夜くんの存在がより一層、基準を押し上げている。 「小波さんは謙遜しすぎですって、入りたくても中々入れないっすから!」   彼は湿り気のある唇を閉じて瞼を伏せた。  「あの日、何であのタイミングで小波さんに声をかけたのか。俺が声をかけなかったら小波さんがここまで大怪我しなかったかも……とか色々思うこともありました。俺、こう見えて実はずっと引きずってます」  大惨事が起こる瞬間の、あの時刻。決断に揺れる僅か数秒間のことだ。カップに注がれているダージリンティーが暖かな空調のせいか揺れているように見えた。  入院中、人づてにちらほらと聞いた話。広範囲で単管パイプが落ち、私以外にも多数の怪我人が出たという。彗くんに「逃げろ」と叫ばれたとしても、あの場所を通り過ぎていたとしても、どちらにしても巻き込まれていたに違いない。 「彗くんのせいじゃない、絶対に違うからっ」 「でも原因は俺のネームプレートにあると思うんです。水瀬くんと同じ名前のプレートを見なければ店内で話してたと思うし、帰るにしてもあの時間あの道を通らなかったのにって──……」 「自分の過去のことに君を巻き込みたくなかったのに……辛い思いさせちゃってごめんなさい」 「いえっ、辛かったのは小波さんですから!」  七年前、不慮の交通事故によって突然この世界からいなくなった水瀬彗。彼と同じ名前であることを知って、ずっと後悔しているふうにとれた。 「私、目が覚める前にね、あったかい感覚があったのは覚えてる。気づいたら誰かが寝てて手を握られてたの」 「それ俺っすね」 「彗くん、突っ伏して寝てたもんね」 「俺が寝てどーすんだって感じですよね」と苦笑い。   「それで小波さん、寝言で『すい』ってよく言ってました。あの頃の俺はわからなかったけど今なら理解できます」 「私、そんなこと呟いてたんだね」  細切れに明かされる事実に驚く。 「小波さん、今日は自分の気持ちをホワイトローズに託しました。尊敬、親しみ、もひとつ加えると深い愛情です」  彗くんから受け取ったホワイトローズのミニブーケに視線を落とした。 「昏睡状態だった小波さんといるとき、自分の気持ちがはっきりしました。憧れだけの好きじゃなくて、俺、小波さんの全部が好きみたいです。20歳の自分にそう言われたって冗談じゃないって思うかもしれませんけど。でもふざけてないです。真面目に、俺は奏小波さんが好きです」  圧倒的な存在感で。  いつだって真っ直ぐで素直で。  夢に向かって一生懸命で。  もどかしさも、ぜんぶ愛おしくなる。抱きしめたくなる。私にとって眩しすぎる愛田彗から大好きだと告白された。      
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