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親友の恋
「小波、雪夜くんが作ったケーキ食べてきたんでしょ?」
いつもより弾んだ声の倉田真夏がこちらへやってきた。
「食べてきたよ。ほんとに美味しかった。真夏は食べた?」
「食べた、美味しかった! 再現しちゃう雪夜くんもすごいけど、これ考えた小波もすごいって話」
真夏はいつも褒めてくれる。
「そうやって、いつも褒めてくれるよね」
「そりゃあ小波が大好きですからね」
ふふん、と得意げな真夏。
「忠実に再現されてたし、ほんと凄いなあ」
試食したケーキをひとつひとつ思い浮かべる。まるで絵本からそのまま出てきたかのような美しさだった。
「天才くんは違うねえ……とは言っても彼、やっぱり人一倍努力してるよ」
「それ同感」
「天才くんに追いつくべく、私も頑張らなきゃだー」
真夏も同期の雪夜くんの抜きんでる実力を高く評価していた。
時間も忘れて作業に没頭していた。久しぶりに頭を空っぽにして仕事をした充実感に浸る。そこへ甲高い真夏の声がした。
「小波、お疲れ。お先に上がるね。あと一時間ファイトだよ」
「頑張る」
胸元まで上げた握りこぶしに力を込める。
「何か今日の真夏、すごく楽しそう」
「やっぱわかる?」
マスクを外した真夏。小さな口元が露わになり喜びが溢れていた。
「わかるよ。何かいいことあったんでしょ」
「小波鋭い。実はねえ、悠陽先輩とこれから待ち合わせしてご飯食べることになったの! 先輩、いいよって言ってくれてさ」
「へえ、そうなんだ。楽しんできなよ」
──知ってる。真夏が星矢先輩に好意を持っていたことくらい。それが本気の恋だってことくらい。だってずっと私達一緒にいるんだもん。
そんな恋バナが現実味を帯びてくると自分なりにダメージを受けちゃって心が沈む。その度に思う。また恋をしたい。ただ憧れとして想うだけじゃなくて。あの頃のような恋がしたいなって──。
「小波またね。お疲れ様」
「お疲れ様、いってらっしゃい」
笑顔で帰っていく真夏の後ろ姿を見えなくなるまで見送った。あと一時間踏ん張るかと仕事に集中して30分経った頃。星矢先輩が私を呼ぶ。
「小波ちゃん、お疲れ。上がらせてもらうね」
「お疲れ様です」
「来週、カフェでスイーツ教室の講師やるんだってね。すごいじゃん」
「ありがとうございます。先輩、知ってたんですね」
「さっきシェフから聞いた。僕、講師の仕事したことないから興味あるんだよね」
「星矢先輩ならどこのお店も断りませんって!」
私の言ったことはサラリと笑顔で流された。
「僕も一度はやりたいと思ってる」
「講師の仕事、やってみたかったので実は楽しみなんです」
「尚更体調に気をつけて。無理は禁物だよ」
「気遣いありがとうございます」
その大きな手のひらを私の左肩に優しくのせる。すぐに手を離し「じゃあまた明日」と言って手を上げた。
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