カフェprecious入店

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カフェprecious入店

 ついにこの日の朝を迎える。初のスイーツ教室。初の講師としての仕事。そして初の一人きりの現場。全てが初めてづくし。  セットしたアラームの時間より30分早く目覚めた。母が用意してくれたいつもの朝食を頂く。食べ慣れている白米とお味噌汁なのに緊張で喉を通るのもやっと。もっと食べやすいフルーツやヨーグルトにすれば良かったかなと、ちょっとだけ後悔した。  肩に這うくらいの髪は少し高めの位置でひとつに結った。そして自分が着用する大事な戦闘服、パリッとノリの効いた制服一式を鞄に詰め込む。  今日はカフェprecious(プレシャス)で働く従業員がサポートとして手伝ってくれると聞いていた。たった一人きりで戦地に向かうこの不安な状況のなか、何とも心強い。  そういえば昨日、真夏と星矢先輩は楽しい時間を過ごせただろうか。真夏、告白したのかな、気になるから後でラインで聞いてみようか。いやいや催促してるみたいだし、会ったらさりげなく聞いてみよう。  そんな尊敬してやまない星矢悠陽(ほしや ゆうひ)先輩。  スイーツ部門のコンクールで数々の賞を受賞。若手パティシエとして雑誌のコラムでスイーツコーナーを連載中。メディアに度々顔を出しスイーツ王子の名を持つ。パティシエ界では密かな推しでもあり尊敬する人だ。  雪夜くんといい、本当に私の周りには自然と才気溢れる人達が集う。どんな小さなことでも積み重ねが大事なんだと、初心忘るべからずで再度野心を燃やす。出勤前、真夏と雪夜くんにグループラインを送った。   『行ってきます(小)』 『記念すべき初仕事ファイトだよ!(真)』 『小波ちゃん頑張って応援してる!(雪)』  『ありがとう、行ってきます!(小)』  お店には予定通り早めに着く。準備万端でカフェpreciousの扉を開くと、来客を知らせるオーナメントが繊細な音を立てて店内に響いた。 「おはようございます。奏さん、お待ちしておりました」 「おはようございます。初めまして、東急ホテルより参りました奏小波です。今日はよろしくお願い致します」  店内に入るとオーナーが出迎えてくれた。  店の外装はまさに王道カフェといったところ。洒落た雰囲気で洗礼されたレンガ調でシックな造り。オープンテラス席も多数あり、日よけのためのパラソルが可愛らしい印象を与えている。  所々にユーカリやゴールドクレストが植え込みしてあり、ハンギングバスケットには色とりどりの草花が綺麗に寄せ植えしてあった。  緑や鮮やかな花が、焦げ茶色のレンガ造りの建物をより引き立てているかのよう。店内も同じく茶色と白をベースにした、シックで落ち着いた空間になっていた。  まずは今日の仕事場でもあるキッチンに案内される。その圧倒的存在感に息を呑む。  キッチンはカフェのほぼ中央に設置されていて、その周りを囲むように客席がある。 (キッチンが美しすぎる!)  そんな主役級のキッチンについ見惚れる。清潔感ある広々とした大理石のテーブルが目を惹く。備え付けのオーブンにピザが焼ける窯まであり、その素敵さに溜息が漏れる。  生徒さんが来るのは午後13時。今日は初のスイーツ教室というだけあって終日貸し切りとなっていた。  キッチンの使い方を一通りオーナーから説明を受ける。家庭にあるようなオーブンなので生徒さんも家で再現しやすい。まずは第一関門クリアといったところ。  オーナーは全てを私に一任すると言って下さっているので、その責任は重い。しかしやりがいも大きい。プロとして任せられた以上きっちり仕事をして、生徒さんに楽しんでもらおうと固く心に誓う。    
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