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いや、おかしい。
こんな美人が自分になんて話しかけてくるはずはない。
この世に「普通」選手権があったら総なめできるほど、自己・他己評価ともにぶっちぎり「普通」の阿久津理櫂だ。
一流「ではない」大学卒業後、中堅の文房具メーカーに入社、営業成績はいつも中の中(気持ちちょっと下)。若さゆえのやる気や将来の展望も特になし。顔は塩顔という流行りにギリギリ滑り込んだが、その平凡で冴えない能力と経歴で、顔だけはいいかもね、と哀れみの目を向けられること多々。二年前に大学時代から付き合っていた元カノと別れてからは十戦十敗。
祖父・阿久津十郎はそこそこ名の知れた探偵で、じいちゃんっ子だったため推理力を受け継いだと期待されたけど、まるでゼロ。そのじいちゃんも春に亡くなり、今はじいちゃんが探偵事務所として使っていた荻窪の事務所を自宅として使っている。
「いらっしゃいませ」
女性客が一人入店し「待ち合わせです」と大将に告げた。二十代後半くらいの女性は赤みがかったショートヘアで、デニムに白のノースリーブとカーディガンを合わせた恰好だ。コの字の一番長い部分、四席ある直線の奥から、一つ空席を作り二番目に腰をおろす。
まもなくして、二人組のカップルらしき男女が入ってくる。大将が案内する前に、男は先ほどのデニムの女性の隣に着席し、黒いハンドバックを抱えた連れの女性はその横に腰をおろした。男性は席に着くなり爪を噛んで神経質にスマホを見ている。
カップルの男性の方はスーツを着ているサラリーマン風、連れの女性はスラッとした細めの体型で、長い髪の毛を一つにポニーテールにまとめている。
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