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《ねえ、本当にどこにもいなかったの?》
黎子さんが尋ねる。
「はい。人が隠れられるスペースなんてなかったです。二階のトイレには小さな小窓があるだけで、外へ出られる出入口もなかったですし。きっと、あの奥さんが言うように、僕たちが気が付かないうちに、外へ出て行っちゃったのかも。ね、大将?」
ももの串を用意している大将にそれとなく尋ねるが、大将は首をかしげるばかり。
「いいや、誰も店の外には出てないけどなあ。おかしいな。あのお連れさん、大丈夫かね?」
テーブル席の、浮気相手らしい若い女性の方に視線を向ける。
奥さんの方の彼女が二階のトイレから戻ってくる。
「メッセージ入れてみましたけど、どこにいるのやら」
そう言って、「今どこにいるの?」というメッセージをほんの一分前に送った画面を見せてくる。
「あの、そのトーク画面の背景、もしかして鎌倉の海ですか?」
「ええ。よくわかりましたね。真夏の鎌倉の海。プロポーズされた場所なんです」
「へえ、素敵ですね」
《0710》
黎子さんが隣でぼそっと呟くので「何ですか?」と小声で返す。
《スマホのロック解除番号》
「ちょ、勝手に人の個人情報、見るの辞めた方がいいですよ」
声を潜めるも、黎子さんは《職業病だから》と言い放ちワインを飲み続ける。
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