1 山奥で焚火

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 焚火(たきび)のそばの小枝が踏まれ、割れる音がした。そこで、ようやく勇者は気がついた。相手を迎えうつため、慌てて立ち上がる。同時に、戦士もかたわらに置いていた斧に手をかけた。柄の冷たい感触が手に伝わる。  酒盛りで油断していたとはいえ、ここまで気配を消せるとは相当な手練れだろう。  しかし二人の攻撃の手は止まった。訪問者の大きな腹の音で。 「お腹がすいて死にそうです。助けてください~」  よたよたと歩き、座りこんだのは遊び人だった。鼻を赤くぬり、右目に星のマークを描いている。芸事か何かで使うのか、肩に鳥を乗っている。焚火(たきび)()は、長髪の美男子を照らした。  戦士は武装を解き、大きく息を吐く。相手の覇気のなさで気がつかなかったパターンか……。何だコイツは、と思いながらその場に座りなおす。  勇者はさっそく遊び人に飲み物と、食事を用意しだした。先ほどまで焚火で焼いていた一角獣の、残り肉を取りにいく。 「助かりましたあ。昨日の夜に、ふもとの村で飲み食いしていたらお金がなくって。誰かにすられたんですよぉ、多分。酒場の親父には次回来た時にぜったい払うっていったんですけど、信じてもらえなくて。自警団に引き渡されそうなので逃げてきたんです」 「それじゃ一日、飲まず食わずで山に迷い込んでいたのか」  戦士が呆れた声をあげる。 「山の入口をうろうろして誤魔化そうとしたんですけど、親父が血相変えて追いかけてくるんで。焦ってすすんだら、どんどん奥にはいりこんじゃって……ううっ」  手の甲を目に当てる仕草をする。  だが、勇者が骨付き肉を皿にのせて持ってくると、遊び人はそれをすばやく取った。炙った肉の香りが辺りにただよう。飢えたオオカミのように大口を開けて、ガツガツとかぶりつく。 「何はともあれ、命があって良かったよ。テントは狭いけど寝ていって、明日の朝に帰ったらいい」  勇者が遊び人に優しく声をかける。戦士はやれやれと、両手を広げた。 「まったく決戦前夜だってのに、気が抜けるぜ」 「あ、やっぱり勇者さんたちですよね。浮世に興味のない自分でも知っていますよ。明日が魔王城での闘いということですか?」 「そうだね。平和を取り戻してみせるよ」  勇者がこぶしを握って、遊び人にやる気を誇示する。 「魔族がいなくなったらお前が食い逃げしなくてもすむよう、俺が仕事も探してやろうか。曲芸師とか芸人とかどうだ。あんた、顔も悪くないし人気が出るかもしれん」  戦士が軽口をたたく。  すると肉の骨を掴みながら、遊び人が口を開いた。
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