【短編】✕/✕/

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いたい。 腕にある切り傷が痛くて、思わず手を添える。当たり前の事ではあるが、触れば激痛が全身に走る。 「いっ……。」 ゆっくり息を吐く。 いたくない。 そう唱え続ければ、痛みはどこかへ消えた。再度傷を触っても、痛みを感じることはない。 その幾度となく行われた作業には慣れたものだった。手当が面倒なのでせめて血がつかないようにガーゼを張り、イスの上で脱力する。 もう数年と続くこの作業に、私は今更なんの感情も抱けなかった。 心の傷が、体に現れるようになったのはいつからだっただろうか。最初はささくれ程度の傷だった。 しかし私の中に溜まっていくストレス達が原因なのか、できる傷はまるで刃物で切ったかのような切り傷が大半を占めていった。 初めてこの症状を自覚した際に、医師からはストレスを減らしましょう。以上の話が出なかった。減らせたら、最初から減らしているのである。とはいえ今では病院の都合で担当医が変わり、ストレスを減らすのではなく、回復力を上げるために不眠をどうにかしようね。という趣旨に代わった。 傷は日に日に増えていき、このままではよくない自覚はある。しかし手のうちようがないので、考えることを放棄した。 実際のところ理由の大半は、考えると傷ができるからだが。 苦しみから助けてほしいと思ったときに、人を頼ることは難しかった。頼っても応えてくれるとは限らないこと。影でどう思われてるかわからないこと。人に頼っていいような人間ではないこと。その全てが私を縛り付けた。信用は簡単に崩れてしまうことを、私はよく知っていた。 それでも、できることなら。 思わずよくないことを考えてしまい、手で顔を覆って思考を遮る。 視界に入ったガーゼが思ったよりも赤くて、思わず焦る。 ひとまず取り替えようとすれば、先程よりも傷が増えているようだった。 幼い頃から、誰かを笑顔にできる人になりたかった。 でも現実はそうもいかなくて。 「まあ、天罰。だよなあ。」 別に神様が天罰を与えるなんてこと、信じているわけではないが、なんとなく口に出す。実質の現実逃避だと頭が理解してしまっているので、あんまり意味がないかもしれない。 そっと目を閉じて、頭の中を巡るよくないことを追い出す。 寝ていれば傷ができないわけでもないのだが、幾分かはましである。 薬を飲んだので、時期に眠気が来るだろう。
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