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何人かの登山家が山小屋を訪れ、登山地図やガイドブックを確認し休憩を取って行った。
挨拶を交わす程度で、特に話はしなかったが、習慣で見た目の年齢と服装、背丈と体形などの特徴を頭に入れた。
いつどこで遭難するか分からない難所では、データが命を繋ぐ要になる。
こうしている間にも、天候が急変するかもしれない。
そうなれば、寝てなどいられない。
最も近くにいる自分が助けに行く覚悟はあった。
登山愛好家として最低限の心構えと、火山学者としての自覚はあった。
また静寂が戻るとゴロ寝を始める。
頂上を目指さずに、山小屋でのんびりする者など珍しいのかも知れない。
もう、明日には下山するつもりだったのだが夜になって天候が急変した。
外を覗いてみたが、風雨が凄まじくて視界はほとんどない。
行方不明者がいれば、備え付けの無線に連絡があるかも知れない。
下山直前の急変に緊張が走る。
荷物を引き寄せ、スマホを取り出すとニュースを調べたが、それらしい情報はなかった。
何年も風雪に耐えてきた小屋は、風に軋みもしなかった。
蓮はまた床にゴロリと横になった。
ゴウゴウと鼓膜を打つ風鳴りと、雨がパチパチと地を打つ音に包まれ、いつしか何も聞こえなくなっていく。
そのとき、入口の重い木戸をゆっくりと開ける音を聞いて跳ね起きた。
灯りがない室内に、黒い影が雨粒と共に入り込み、木の床に倒れ込んで呻いた。
「すみません、急な、嵐に、見舞われ、まして ───」
女の声だった。
窓の月明りもないので、姿はほとんど分からない。
とにかく、備え付けの毛布で身体を拭くように、と渡した。
「あの、ここはどこでしょうか」
女が尋ねた。
蓮は一瞬何を聞かれたのか分からず、口をパクパクして声がした方を見ていた。
「どこって」
「山にいるようですが ───」
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