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「霧幻山の中腹にある、約束の丘にいます。  嵐の中、この山小屋に辿り着けたのはラッキーでしたね」  女は荷物を持っていないようだった。  憔悴(しょうすい)した様子で、かすれ声が震えていた。 「私は霧島 蓮です。  歩けないようでしたら無線で救助を要請しますが」  手探りで緊急用に持ってきた豆炭にマッチで火をつけた。  山では大きな火はNGだから、小さな火種を効率よく使えるネイチャーストーブに放り込む。  これがとても暖かくて、冷えきった体をぬくぬくとさせてくれる。  地獄で仏とはこんな気分だろう。 「あの、綾瀬 凛(あやせ りん)という人をご存じですか」  人心地がついて、声に張りがでてきた。  ジンワリと赤い火種から一筋の炎がゆらめく他は、動くものがない部屋に、相変わらず雨と風の音が強くなり、弱くなり、小さな小屋を容赦なく叩き続けている。  蓮は逡巡した。  さっき出逢ったばかりの、見ず知らずの他人に尋ねるのだからタレントか何かだろうか。 「いいえ、知りませんが ───」  困惑の色を醸しながら、きっぱりと言った。  普段地上波を見ないし、オリンピックも気付いたら終わっていた、とスルーしている人間に芸能界ネタは通じない。  つまらない堅物だと思われるだろうか。 「ああ、ちょっぴりショックだわ。  じゃあ、やっぱり伝承は本当だったってわけね」  部屋の中が温まってきて、心にゆとりが出てきたのか、彼女は天井を仰いで笑い始めた。 「ねえ、私は47歳だけど、あなたの歳を教えてくれる」  身を乗り出して、蓮に顔を近づけて真っ直ぐに見つめてきた。  戸惑いながら、蓮は答えた。 「35歳、ですけど」 「ねえ、若い頃の相方に逢えるなんて、素敵だと思わない。  私、超ラッキーだわ」 「ちょっと、何を言ってるのか ───」  (いぶ)かし気な声色に、彼女はつけ加えた。 「最近の説ではタイムスリップして、未来のことを話しても、未来は変わらないのよね。  だから、教えてあげる。  私たちは夫婦になるの」  蓮は呆気(あっけ)にとられた。 「そして、この山の噴火に巻き込まれて死ぬのよ」
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