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 突然の噴火から1年後、火口付近は立入禁止だったが入山できるようになった。  火山の安全対策を指揮する者がいなくなっても、何事もなかったかのように総務課は再編成されていた。  犠牲者の捜索が行われた当時、幻影の祠付近も火山灰に覆われ、行方不明者は見つからなかった。  凜は忘れ形見となったお守りをしまい込むと、霧幻山へ向かった。  夫は散歩にでも行くように、気楽に訪れていた山は、霧に包まれ足元を確認するのがやっとだった。  事前にスマホに入れていた山岳地図をたよりに、少しずつ進んで行く。  火山灰が積もった場所は、下草もなくなり禿(はげ)山と化している。  霧が晴れてくると、試練の峰を視界の先に捉えることができた。  何度か話題にしていた光景である。  幻影の祠がある峰まで、陽が高いうちに辿り着けそうだった。  晴れ渡ると空が高くなり、周囲の山々をはっきりと見ることができた。  大自然という巨大な舞台に立つ、小さな米粒のような自分のスケール感を思い知らされた。  慣れない登山で足は熱を持って、一休みしたい気持ちになったが天気が急変する山の事情を考えれば、先を急ぐしかない。  果たして、火山灰を取り除いた部分に、ちんまりと収まった祠を見つけ、駆け寄っていく。  噴火によるダメージか、無数の砕けた跡が生々しい。  お守りを数珠のように親指にかけ、合掌して目を閉じた。  持参した花をバックパックから取り出し、水と共に供えた。  祠の裏手には、輝く白い岩の塊がある。  その下にある小さな洞窟が、時の迷宮である。  実際に目の前にすると、神秘的な輝きを放ち、時空が歪むとされる言い伝えが起こるのも理解できた。  凜はお守りをギュッと握りしめ、バックパックを入口に下ろすと、迷宮の中へと入っていった。  懐中電灯で照らすと、ガラス質の部分が星空のように(きら)めき、幻想的な風景に心が吸い込まれそうになる。  小さく上へ下へとうねりながら進む洞窟内は、複雑に入り組んでいて進んでいるのか、戻っているのかも分からなくなってきていた。  そして、出口に辿り着いたとき、外は猛烈な嵐に包まれていた。  勇気を振り絞って外に出ると、身を縮めて約束の丘の山小屋を目指したのだった。
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