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8
50回目の誕生日を迎えた蓮は、霧幻山を遥か遠くに眺めていた。
そう、今日は噴火するはずだった日である。
半径100キロ圏内に厳戒態勢を敷き、住民を避難させてしまったから、後で散々叩かれるだろうな、などと思いため息をついた。
凜とは突然上司がセッティングしてきた見合いで結婚した。
お互いの人生を尊重し合い、一定の距離感を持っている生活が居心地良い。
昔の友人からは、
「霧島みたいな生活が待っているなら、俺も結婚しようかな」
などと言われる。
あまりピンとこないのだが、幸せとはこういうものかも知れない。
子どもは上が女の子で、下が男の子である。
ヤンチャ盛りではあるが、勉強も手伝いもきちんとするところは、生真面目な両親に似たのだろう。
一旦国家公務員宿舎へ戻り、リビングで缶ビールを一本開けた。
「ニュースになってるわね。
今日噴火するはずだって、気象庁が言い張ったんだって」
「つまり、俺がデマを流したわけさ」
3つ下の凜は、子供服にレースを付ける作業をしながらちらりと視線をよこした。
インターネットで注文を受けて、オリジナルの服をオーダーメイドで作って売っているのだ。
「元はと言えば、君が噴火すると言ったんだぞ」
何を言っているのか分からない、という顔をして妻が手を止めてこちらを見た。
「またあの話?」
そう、結婚前に歳を取った妻が現れたことを何度か話題にしていた。
「信じないかも知れないけど、本当にあったとしか言いようがないよ」
彼女は肩をすくめてミシンの方へ向き直った。
「俺さ、フランスにでも行ってこようかな」
あからさまにフンと鼻を鳴らして妻が言った。
「今日のあなたって変よね。
でも、ちょっと安心したわ」
早速フランス行きの航空券を押さえ、ガイドブックを読み始めた。
明日出勤したら、誰から電話がかかってくるだろう、誰から順番に謝ったらいいだろう、などと半分考えながら、心はヨーロッパへ飛んでいたのだった。
了
この物語はフィクションです
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