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その時、大人しく待っていた犬が痺れを切らしたように大きく一鳴きした。
散歩の途中だったのだろう、早く行きたそうにそわそわとしている。
彼女は優しく微笑み、ごめんね、と言うように犬の頭をそっと撫でた。
「ぼく、そろそろ行かなきゃ」
「大丈夫? 一緒に行こうか?」
「ヘーキ! おねえちゃん、ありがとう!」
男の子は無邪気に笑いながら大きく手を振り、彼女もそれを返すように振り返した。
小さな背中を見送り、安心したように笑う顔がとにかく可愛くて目が離せなかった。
「よかった。たいしたことなくて」
まったく知らない子供で気に掛ける必要も理由もないのに、それでも優しく手を差し伸べてそう言える彼女のことを純粋にすごいと思った。
言い訳を探してなにもできなかった自分とは大違いだ。
損得で動くんじゃなく、頭で考えるより先に勝手に体が動いたみたいな。
本当に心優しい子なんだと思うと、ただそれだけで心が大きく動かされる。
目を逸らせずにいると、彼女がいきなりこっちを向き、見ていたことがバレないように慌てて逸らした。
彼女は特に気にした様子もなく、…いや、そのことに気付かず、綺麗な髪を靡かせて隣を通りすぎた。
ふわりとした優しい匂いは、彼女の存在そのもののような気がした。
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