遠き日の団子石

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「弥二郎、此度の戦はお主もついてこい」  館に戻った弥二郎を待っていたのは戦の準備する兵たち。呆けて見ていると父からそう言われた。 「いやか?」 「いえ。ついていきます……」 「いつまでも逃げ回ってはおられんからな。お前は父の跡を継がねばならん」 「分かっております……」  せつはどのような策を取るのか。弥二郎の胸中は不安でしかない。下手に勝ってしまえば、せつの命を取らねばならない。下手に負けてしまえば弥二郎の命はない。そんな時代なのだ。負けとは死である。  奥歯を噛み締めながら弥二郎は具足を身につける。敵地に愛しい人がいるなどとは口が避けても言えぬ。  支度は整い日が真上にかかったとき、軍は峠へと足を進めた。 身軽な旅人でさえも一晩は明かさねばならない難所。具足を身につけては疲労も甚だしい。  弥二郎の目に何度も夜を明かした宿場が映る。 「ここで一休みといこう」  将も息絶え絶えに兵たちに告げる。それを聞いた宿場の老婆が声をかける。 「お侍様、実は民より団子の差し入れがありました。是非召し上がってください」 「団子?」  将は老婆の後ろに山のように盛り上がった団子を見て首を傾げる。 「ただの民がこれほどの団子を作れるか?」  横で聞いていた弥二郎は瞬時にせつの仕業だと気付いた。 「差し入れを頂かないのは失礼でしょう。なんでしたら俺が毒見をしましょうか?」  将は弥二郎の顔を見て、また首を傾げるがすぐに決断する。 「いや、頂こう。民草の好意は無碍にできまい」  宿場の者たちはすぐに茶の用意もして、数百人はいるだろう兵たちは思い思いに団子を口にする。弥二郎もまた団子を口にする。もしや毒だろうかとも思うが一人だけ食べない訳にはいかない。 「一晩ここで泊まらせてもらうぞ」  将が老婆に言った瞬間、将は泡を吹いて倒れた。他に嘔吐する者や泡を吹く者が現れたが、その逆に何も起こらない者もいる。弥二郎もまたその一人だった。 「これはどういうことだ!?」  兵の一人が老婆に詰め寄るが老婆は手を合わせて涙を流す。 「私はいただき物を皆さんに渡しただけです。何があったかなどと知ろうはずもありません……」  老婆一人を責めてもどうにもならない。誰の目から見ても明らかだ。 「これは……中止だ……。戦にならん。無事な者は腹を下している者を運べ。ここで停滞していては逆に攻められてしまう」 「くそっ」  兵の一人が余った団子を地に投げつけた。 「今度こそはと思ったのに!」  続々の兵は団子を地に投げつける。それを横目に見ていた弥二郎に老婆がこっそり耳打ちする。 「私しゃね、若い二人の恋路を邪魔したくないのだよ」  弥二郎は視線を老婆に一瞬だけ移してその場を去る。腹を下した一人を背に背負って歩き始める。
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