クラッシックな紳士

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クラッシックな紳士

 お盆を過ぎると、急に空気が秋めいてくる。  まだ日中は暑いし、湿度も高いけれど、匂いが違う。楓の葉を鳴らす風の音も、夏の終わりを告げているように感じた。  虫には詳しくないけれど、鳴いている虫が変わったのはわかる。セミではあるけど、秋の訪れを知らせるセミの声だ。  渡良瀬取締役は、黒塗りのベンツでやってきた。誰でも知ってる、あのエンブレム。  すうっと明日香の脇に停めると、わざわざ降り立って助手席のドアを開けてくれた。  クラッシックな紳士だなあ、と思った。タイムスリップしたみたいだ。  車に乗り込むと、渡良瀬取締役は「隣の街まで行く」と言う。三十分くらいかかるそうだ。  正直、めんどくさい、と思ってしまった。そこまで期待してないのに。この街じゃだめなの? と。  もしかしたら渡良瀬取締役は、社員の誰かとばったり出くわすことを恐れているのかもしれなかった。  明日香からしてみれば、やましいことはなにもない。食事に行くだけなのだし、これだけ歳も離れているし、相手は家庭のあるおじいちゃんなのだ。  車中にずっと、海外の女性アーティストの澄んだ歌声が流れていた。歌声は若く、柔らかく、のびやかで、落ち着くメロディだ。英語ではない言語。この柔い感じは、フランス語あたりかな、と明日香は思う。  聴くとはなしに聴いていた。夜の二車線道路は空いていて、街の灯りが流れては消える。
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