一度だけ

1/1
前へ
/1ページ
次へ

一度だけ

「頼む! もう一度っ……もう一度だけ俺にやり直すチャンスをくれ……っ」 帰宅して、いつもなら妻の作った夕飯を食べながら仕事での愚痴をこぼすリビングで。 俺は床に頭を擦り付け、目の前で優雅に微笑む妻の足元に(すが)るように赦しを()う。 妻の手によって綺麗に掃除されたフローリングの床には、俺が会社の同僚とホテルへ入る姿を写した不倫の証拠写真が何枚も散らばっている。 何も語らずただただ俺を見下ろす妻は、愚かな罪人の弁明に耳を傾ける事も無く。見つめる瞳は嫌に()いでいた。 そして、判決を言い渡す裁判官の如く。 妻は静かにその口を開いた。 「貴方には一度、やり直す機会を与えました  二度目は無いと、約束しましたよね  同じ過ちを繰り返した貴方には愛想(あいそ)が尽きました」 ___さようなら。 そう最後に告げた妻は、テーブルへ記入済みの離婚届を残して、一度も振り返ることなく俺の前から去っていった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加