序幕. 傾国の美女

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序幕. 傾国の美女

 月雨国には三つの宝があった。一つは他国は決して真似出来ぬと言われる月光に照らされた美しい街。一つは雨がよく降り、豊作な作物。一つは金枝玉葉(皇族を意味する言葉)の美女。  その中でも金枝玉葉の美女は国内国外問わず一番有名な話であった。  月雨国の第七公主は美師(メイシー)(美の神)も嫉妬する程の美貌の持ち主であり、どんな美女を前にしても公主の美しさを知ってしまえば霞んでしまう。おまけに舞踊や詩にも長けており、国主からも特別気に入られて育った。  そして公主は少し風変わりと言われており、用事が無い時は常に自分の宮に籠り、外を出歩く事は滅多に無かった。侍女も数える程しか抱えておらず、公主自らが選別していた。他の公主とは違い贅沢をする事も無く常に質素で無駄の無い生活をしている。その質素さや無駄の無さこそがより公主の美しさを際立たせていたが、それをひけらかすような事も無く、まるで目立ちたくないとでも言わんばかりに人目を避けているようだった。その上無口で人前で口を開く事は無く、異母兄弟ですら口を聞けないのでは、と疑った事もあるそう。社交の場でどうしても口を開かなければならない時だけぼそぼそと声を発するだけでそれ以外の場では聞いた事が無いと言う。  そんな公主の事を民衆の間ではせっかくの美貌なのに可愛げが無く勿体ない、と評価する者や謎めいた部分がまた妖艶で魅力的だ、と評価する者の二手に別れている。しかし大半は後者だった。  やがてその美貌は他国にまでも伝わり、婚約の申し出が止まなかったという。その中には他国の太子や皇族、もちろん国内の有力な貴族達もいて彼女を妻にと望む者は数え切れぬほど。  しかしどんなに家柄が良くても、どんなに容姿が美しくても、どんなに武功や手柄を挙げていても、公主は誰一人受け入れる事は無かった。全員の申し入れを断り、自分はまだ結婚する気は無いと言い切ったのだ。  その時公主は十六歳であり、そろそろ婚約者が決まったりどこかへ嫁いでもおかしくない年齢であった。男達はそろそろ公主の婚約者が決まる頃だと見込んでの申し入れだったため大変驚いた。  その後も公主は誰かと婚約するような素振りも無く、もうすぐ十七歳の誕生日を迎えようとしていた頃だ。 「陛下、そろそろ第七公主殿下の婚約者を決めませんと。人々はもしや公主殿下は女色家なのではと噂をしたり、陛下が太子殿下と第二公主殿下を異母兄妹同士で結婚させようとしているのでは、と噂話をしております。」  この時代の女性、特に貴族や皇族の女性達は十代前半には婚約者を決め、十五、六歳で嫁ぐというのは珍しくない話で結婚はまだしも婚約者すら決まっていない公主は行き遅れと言われる部類であった。  かの有名な月雨国が誇る三宝、金枝玉葉の美女が行き遅れになるとは誰が想像しただろうか。引く手数多の公主が結婚どころか婚約者すら決まっていないという事実に民衆からは様々な憶測が立てられた。  先程国師(国主から賜った称号・国主の師)が言ったように女色家、太子と結婚させるつもり、の他にも実は存在しない架空の人物なのでは?とも言われていて、流石に無視は出来ない話になっていた。  しかし当の本人が婚約話を避け続け、今も尚拒んでいるときている。国主としては三宝の一つである公主が自分の手元から離れるのは少しばかり惜しいとは思っているが、皇族である公主や国主自身の不名誉な話は聞き捨てならなかった。だからこう言ってしまったのだ。 「公主の婚約者を決める事にする!」  この国主のたった一言で国中どころか他国を巻き込む争いが始まった。国内の有力な貴族は互いに潰し合いをし、他国同士では前代未聞の公主を賭けた戦を始める国もあったという。しかしその賭けの戦というのも彼らが勝手に賭けと言い出し始めた事で月雨国からしたら知ったこっちゃない。結局国主がとある裕福な国の太子との婚姻を結びつけ、騒動は収まった。 ……と思われた。  なんと国師の長男である蘇寧(スーニン)と言う男が謀反を企て、月雨皇族、そして自身の実父である国師までもを殺害。  ――ただ一人、第七公主・魏静蘭(ウェイジンラン)を除いて。  そう、蘇寧は静蘭に恋慕の情を抱いており、彼女との仲を邪魔する者を一掃したかったのだ。 それが実の父親であろうが、国一番の権力者である国主だろうが、女子供の皇族だろうが関係無い。蘇寧のその狂気的な恋心に加え、暴君とも名高かった国主に反旗を翻そうと思う者も少なくは無く皇城は一夜にして制圧された。   その後の事は言うまでも無かろう。蘇寧が新国主として即位し、妻として静蘭を迎え入れた。しかし人の心と言うのはそうも簡単に思い通りになるはずも無く、静蘭は蘇寧を拒み続けた。どれだけ贈り物を渡そうが拒否され、話しかけても基本は無視、良くて首を振るだけ。蘇寧としてはせっかく手に入れた金枝玉葉の美女を諦めたり出来ずに、とうとう政を放棄してまで振り向かせようと必死になった。  そうなると国はどうなるだろうか。前国主の暴君ぶりには呆れるほどだったが、今の国主がこれでは謀反を起こす必要など無かったのではないか?とまで言われ始めてしまったのだ。これに焦った新しい国師は、なんと静蘭を表向きは死んだ事にして地下牢に幽閉してしまった。  これで国主は政を放棄しなくなる……と思ったのが間違いだった。国師の考えとは逆に、静蘭の死を聞かされた国主はもっと狂ってしまった。 「ああ、私の静蘭!何故……何故いつも私を拒むのだ!己の死を選ぶ程この私が嫌か!」      
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