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ギャルはダルビッシュを何と呼ぶか?
「越前君。仕上がりはどんな感じ?」
放課後である。咲良は練習前に越前に話し掛けた。
「カットボールの仕上がりがまだまだです。習志野との試合に仕える精度になるかどうか・・・・・。」
「習志野との試合はあくまでも練習試合。そこに間に合わせようと思わなくても良いよ。」
咲良は越前の焦りを嗜める。
「習志野が千葉のトップなんでしょ。自分のレベルを図る絶好のハードルじゃないですか。トップの奴らにカットボールを試してみたいんです。」
越前は上昇志向の塊だ。咲良は感心した。
「それじゃあ・・・・・。」
咲良が話始めた瞬間、背後から大声が聞こえた。
「すいませ~~ん。」
咲良が振り向くと、2人のケバいギャルがこちらに向かって歩いてくる。なつきと愛菜であった。なつきが手を振りながら叫んだ。
「コシマエ君~~~。ちょっと話があるんだけど~~。」
咲良は二人の片割れが昨日の失礼なギャルである事に気付いた。何なのだ一体。
「済みません。野球部のマネージャーの方ですか?」
なつきが咲良に話し掛ける。
「ええ。そうですけど・・・・。」
「昨日はこの子が偉そうな事を言って済みませんでした。謝らせて下さい。」
なつきは背後に隠れている愛菜に合図した。
「どうも済みません・・・・。」
小さい声で愛菜は謝罪すると、ペコリと頭を下げた。なんだ。その事でわざわざ謝罪に来たのか。見かけによらず礼儀正しい所があるなあと咲良は態度を軟化させた。二人の悪だくみには気付かない。
「いえ。気にしていませんので。お気になさらず。」
咲良は謝罪をあっさりと受け入れた。
「昨日の発言は本意ではないんです。この子は本心からマネージャーになりたかったんだけど、つい、照れ隠しで上から目線の発言をしてしまったんです。」
「・・・・・・。」
咲良はなつきの釈明を黙って聞いていた。
「どうか、改めてこの子をマネージャーにして貰えないでしょうか。」
その言葉に咲良はビックリした。
「えっ。本当にマネージャーになりたいの?」
「はい。そうだよね、愛菜。」
「はい。なりたいです。」
咲良は愛菜と呼ばれたその子をじっと見つめた。どうしたものだろうか?新たに人手が欲しいのは確かだが・・・・・咲良は幾つか質問する。
「本当にマネージャーになりたいの?大変だよ。」
「一生懸命やります。」
「野球好きなの?」
「大好きです。」
「野球のどういう所が好き?」
愛菜は困った。愛菜は越前が好きなのであって野球が好きなのではない。ルールすら良く分かっていないのに、好きな所と言われても・・・・。
「野球の試合を見ると、自分も頑張らなくっちゃと思える所です。」
咲良は自分と一緒だと思った。咲良も野球の試合を見ると、元気を貰えるのである。案外、気が合いそうだ。
「それじゃあ、推しの野球選手は誰?」
愛菜はこの質問にも詰まった。野球などには興味もないのに、推しの選手も糞もないではないか。
「え~~と、羽生弓弦・・・。」
「えっ?何?」
咲良が突っ込んだ瞬間、なつきが愛菜の尻を蹴った。
「痛っ!」
「愛菜、冗談面白い。羽生弓弦はフィギュアスケートでしょ。傑作。」
なつきが愛菜の失言を必死にリカバリーに掛かるが、咲良も越前も白い視線を投げかける。
「い、今のはボケたんです。突っ込んで下さいよ。」
愛菜は冷や汗をかいて必死に釈明した。羽生弓弦はフィギュアスケートだったのか。運動ウンチの愛菜は分からなかった。
「冗談は置いといて、好きな野球選手は誰か答えて。」
咲良は愛菜の発言を訝しんでいるようだ。何と答えれば良いのか。
「何とかかんとかという人です。」
なつきは愛菜の発言に顔を歪めた。何という言い草だろうか。他に言い様はなかったのか。
「何だよ。何とかかんとかって。名前も知らないのかよ。」
案の定、越前が突っ込んで来た。なつきは必死でフォローする。
「いやいや、誰だっていきなり質問されると人の名前って出てこないものでしょ。コシマエ君だってそういう時あるでしょ?」
「ないね。」
越前は即座に否定した。
「それじゃあ、私の名前、覚えてる?言ってみて。」
「知る訳ない。」
「ほら、出てこない。」
なつきは越前のあらを突いて、勝ち誇ったが、
「初めて会う人の名前なんか知る訳ないだろ。」
越前はばっさりと切り捨てた。
「・・・・・初めて会うって・・・・私達クラスメートじゃないの。」
「お前なんて知らない。」
越前の冷淡な態度になつきは少なからずショックを受けたのであった。そんな2人を尻目に咲良は愛菜に対する疑念を増幅させていた。好きな野球選手の名前を失念して「なんとかかんとか」等と答えるなんて、本当に野球が好きなんだろうか?
「どこのチームの選手?その「なんとかかんとか」っていう人は?」
しつこく質問してくる咲良に、愛菜はこめかみの血管をひくひくさせて思案する。なんと答えれば良いのか?マネージャーになる為には、野球好きで詳しいと思わさなければならないだろう。初心者では拙いと思われた。愛菜は咄嗟に答えた。
「思い出しました。私が好きなのは「あ~ちゃん」です。」
「は?あ~ちゃん?あ~ちゃんって誰?」
「あ~なんとかって言う名前なんですけど、咄嗟な事で名前が出てこない。何だったっけな?」
なつきは愛菜の三文芝居に唖然とした。さっきからろくでもない知ったかぶりを噛ますお陰でどんどん状況が悪くなっていた。愛菜はこちらをチラチラと見て、援護を要請してくる。だが、なつきも野球選手などは判らない。その時、一人だけ野球選手が思い浮かんだ。
「そうだ。思い出した。愛菜の好きなのはダルビッシュだよ!」
メジャーリーガー・ダルビッシュ有。なつきが知っているただ一人の野球選手。何故、知っていたのか?それはモデルと言って良い程、長身で男前だからだ。ダルビッシュなら愛菜も知っている筈だった。
「そうです、そうです。ダルビッシュだ。思い出しました。」
愛菜もなつきが出した救助船にこれ幸いと飛び乗った。これでピンチ脱出だと思ったのも束の間、咲良が矛盾点を突いた。
「さっき、あ~ちゃんが好きって言ってたよね。ダルビッシュならだ~ちゃんじゃないの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
愛菜となつきは沈黙した。
「おかしいでしょ。どういう事?」
咲良の追及になつきは目を瞑った。だが、愛菜は起死回生の釈明をぶちかました。
「私たちはダルビッシュを親しみを込めて、ダアルビッシュと呼んでいるんです。ダアルビッシュ。だあ~ちゃん。それが訛ってあ~ちゃん。分かります?」
とんでもない無理やりな釈明だったが、愛菜はこの無理筋な話をもっともらしく堂々と主張した。それは咲良を納得させるには充分であった。
「ダアルビッシュ。あ~ちゃん。ふ~ん。」
「納得して頂けましたか。」
「まあ、なんとなく。ダルビッシュはあ~ちゃんって言うんだね。」
咲良はギャルの文化はそういうものなのかと信じ込んでしまった。
「なんか以外。ギャルの子たちが野球選手にそんなに親しんでいるなんて。」
咲良はすっかり騙されている。
「そ、それで、野球部のマネージャーにして貰えますか?」
なつきは恐る恐る尋ねた。
「うん。良いよ。野球好きの人なら大歓迎。」
「本当!やった!」
愛菜は飛び上がって喜んだ。
「それじゃあ、皆に紹介するね。」
咲良はグラウンドで練習する皆に呼び掛けた。
「皆、ちょっと集まって!」
なつきは愛菜が無事にマネージャーになれた事に安堵し、こっそりと去っていった。
「愛菜、しっかりやるんだよ。」
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